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【記者発表】電子顕微鏡で気体分子の挙動や特性に迫る

○発表者
溝口 照康(東京大学 生産技術研究所 准教授、JST さきがけ研究者、京都大学 客員准教授)
勝倉 裕貴(研究当時 東京大学 大学院工学系研究科 修士課程2年生)
宮田 智衆(東京大学 大学院工学系研究科 博士課程3年生)
白井  学(日立ハイテクノロジーズ 科学・医用システム事業統括本部 科学システム製品本部アプリケーション開発部 技師)
松本 弘昭(日立ハイテクノロジーズ 科学・医用システム事業統括本部 科学システム製品本部アプリケーション開発部 主任技師)

○発表のポイント
◆気体の化学反応は、固体の表面付近など局所的に進む場合も多く、ナノメートルレベルの空間中での気体分子の挙動を解析する手法が求められてきました。
◆従来の手法では、試料全体の平均的な情報しか得ることができず、特定の場所における気体の挙動に関する情報を選択的に得ることは困難でした。
◆今回、電子顕微鏡と新たな理論計算手法の開発により、ナノメートルレベルの高い空間分解能で、気体の化学結合や挙動を調べることが可能となりました。今後、効率の良い触媒や燃料電池の開発に今後大きく役立つと期待されます。

○概要
東京大学 生産技術研究所の溝口 照康 准教授、勝倉 裕貴 大学院生(研究当時)、宮田 智衆 大学院生、日立ハイテクノロジーズの白井 学 技師、松本 弘昭 主任技師らの研究グループは、環境型電子顕微鏡(注1)で測定される電子分光(注2)と、分光シミュレーション(注3)を高度に融合することにより、ナノメートルレベルの高い空間分解能で気体の化学結合や挙動を調べる手法を開発しました。
気体が関わる反応は産業活動や生命活動に不可欠です。気体分子は振動、回転、並進を繰り返しており、そのような気体分子の動的な挙動が反応効率などの気体の特性と密接に関係しています。古くから、試料中の気体分子の平均的な挙動については、さまざまな方法で解析が進んできました。しかし、化学反応の中には、固体と気体が接する界面などの局所的に進行するものも多く、ナノメートルレベルといった高い空間分解能で気体分子の挙動を解析する手法が求められてきました。
研究グループは、高い空間分解能を持つ環境型電子顕微鏡で測定される電子分光の吸収端近傍微細構造(ELNES)(注4)に注目し、異なる温度のさまざまな気体からELNESを取得しました(図1)。さらに、ELNESから振動情報を得るための新たな分光シミュレーション法を開発しました(図2)。
その結果、測定されるELNESから、気体の挙動に関する情報を取得することに成功しました。さらに、今回の研究から気体分子の温度を測定したり、気体分子への熱の伝達原理を理解したりすることもできました。本研究のイメージを図3に示します。
ナノメートルレベルの高い空間分解能を持つELNESを用いて、気体分子の挙動を解析できる本手法は、高性能な燃料電池や触媒の開発に利用することができ、今後の持続可能な社会の確立に大きく役立つと期待されます。
本研究成果は平成29年12月12日午前10時(英国時間)英国Nature Publishing Group発行の「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。

○発表内容の詳細
<研究背景>
気体は物質の三態の1つであり、生命活動において不可欠です。産業的にも気体が関わる化学反応なしでは現代の産業活動はあり得ません。そのような気体の内部では、気体分子が振動、回転、並進を繰り返していることが知られており、反応効率などの気体の特性はそれら気体分子の挙動によって決まります。
そのような気体の挙動の重要性は古くから知られており、赤外線やX線などを用いて調べられてきました。しかしながら、これまで用いられてきた手法では、試料全体の平均的な情報しか得ることができず、特定の場所における気体の挙動に関する情報を選択的に得ることは困難でした。
一方で、触媒反応に代表される化学反応の中には、気体と固体が接する固気界面などで優先的に進行するものも多く知られています。そのような局所領域における反応を理解するために、試料全体の平均的な情報ではなく、界面のような試料の中にある特定の領域の情報を取得できる高い空間分解能を示す手法が求められてきました。

<研究内容>
今回の研究では、電子分光の吸収端近傍微細構造(ELNES)に注目しました。ELNESは透過型電子顕微鏡を用いて測定されるため、ナノメートルレベルの高い空間分解能を持っています。ELNESを用いて気体分子の挙動に関する情報を得ることができれば、ナノメートルレベルの高い空間分解能で気体を分析することが可能になります。
電子顕微鏡は真空装置のため一般的には気体を装置内に導入することができませんが、今回、気体を導入することができる環境型電子顕微鏡を用いました。さらに、気体の温度を制御可能な特殊な試料ホルダーを用いました(図1)。そうすることで気体を導入しつつ、ヒーターをオンにして気体の温度を変えることができます。熱エネルギーが気体に伝わることで、気体の運動状態が変化します。今回、燃料電池や水素生成で不可欠な酸素やメタンなどの気体からさまざまな温度でELNESを測定し、温度によって変化する気体の運動状態を検出しました。
さらに、ELNESを解析するためには分光シミュレーションを行う必要があります。研究グループでは、これまで固体や液体に関する高精度な分光シミュレーション法を開発してきました。今回、気体から測定されるELNESをシミュレーションするために、分子動力学計算(注5)と第一原理バンド計算(注6)を複合利用した新たな分光シミュレーション法を開発しました。図2に今回開発した分光シミュレーションの概念図を示します。分子動力学計算で得られた構造の情報を利用して、第一原理バンド計算を行いました。
高温と低温の気体から測定されたELNESではその形状が異なることが分かりました。さらに、シミュレーションによる解析から、ELNESの違いが気体分子の振動や歪み、体積変化を伴う運動を反映していることが分かりました。また、解析結果を詳細に調べた結果、今回の手法により気体の実際の温度を測定したり、気体への熱の伝達原理を理解したりできることも分かりました。
本研究のイメージ図を図3に示します。電子線を照射することで、気体分子の振動に関する情報を取得することに成功しました。

<今後の展開>
本研究では、ELNESの実験とシミュレーションを組み合わせることにより、気体の挙動に関する情報だけはなく、気体分子の温度や熱伝達特性に関する情報を取得できることが分かりました。ナノメートルレベルの高い空間分解能を持つELNESを用いて気体分子のそのような情報を解析できる本手法は、固気界面のような局所領域の化学反応を理解することに大いに役立ちます。今後は高性能な燃料電池や触媒の開発に利用され、持続可能な社会の確立に役立つと期待できます。

本研究の一部は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」研究領域(研究総括:常行 真司(東京大学 教授))における研究課題「情報科学手法を利用した界面の構造機能相関の解明」(研究者:溝口 照康)の支援を受けて行われました。


○発表雑誌
雑誌名:「Scientific Reports」
論文タイトル:Estimation of the molecular vibration of gases using electron microscopy (電子顕微鏡を用いた気体の分子振動計測)
著者: Hirotaka Katsukura, Tomohiro Miyata, Manabu Shirai, Hiroaki Matsumoto and Teruyasu Mizoguchi (勝倉 裕貴、宮田 智衆、白井 学、松本 弘昭、溝口 照康)
DOI番号:10.1038/s41598-017-16423-0

○発表機関
東京大学 生産技術研究所
日立ハイテクノロジーズ
科学技術振興機構(JST)

○問い合わせ先
<研究に関すること>
東京大学 生産技術研究所
准教授 溝口 照康(みぞぐち てるやす)
Tel:03-5452-6098 Fax:03-5452-6319
研究室URL:http://www.edge.iis.u-tokyo.ac.jp/

<日立ハイテクノロジーズに関すること>
株式会社日立ハイテクノロジーズ
CSR本部 CSR・コーポレートコミュニケーション部
佐藤 詠美(さとう えみ)
Tel:03-3504-5001

<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
松尾 浩司(まつお こうじ)
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067


資料


 
図1 気体導入部分と温度印可部の電子顕微鏡像と試料ホルダー先端部の写真
図1
気体導入部分と温度印可部の電子顕微鏡像(a)と、試料ホルダー先端部の写真(室温(b)と高温(c))。


 
図2 今回開発したスペクトルシミュレーション法の概略
図2 今回開発したスペクトルシミュレーション法の概略
(a)分子動力学計算により気体の構造(1000分子)を作成。(b)得られた分子構造(上記の例ではO=O結合距離)の分布(ヒストグラム)を作成。(c)各分子構造を個々に第一原理バンド計算を実施し、ヒストグラムの重みをかけて平均化。


 
図3 本研究のイメージ図。電子線を照射することで、気体分子の振動に関する情報を取得することに成功。
図3 本研究のイメージ図
電子線を照射することで、気体分子の振動に関する情報を取得することに成功。


用語解説

(注1)環境型電子顕微鏡
電子を用いて物質を観察する手法が電子顕微鏡で、ナノメートルレベルの高い空間分解能を有している。電子顕微鏡は真空装置のため気体分子を導入できないが、環境型電子顕微鏡は特殊な排気システムを利用することにより、電子顕微鏡内で気体を導入することができる。

(注2)電子分光
電子を用いてスペクトルを取得する方法。今回は、電子顕微鏡を用いて測定されるELNES(注4参照)という電子分光法を用いた。

(注3)分光シミュレーション
スペクトルを理論計算により解析する手法。研究グループは以前から分光シミュレーション法を開発しており、これまで固体、液体のシミュレーション法を開発してきた。今回新たに気体の分光シミュレーション法を開発した。

(注4)電子分光の吸収端近傍微細構造(ELNES)
電子分光で得られるスペクトルの中で比較的高エネルギー側に表れる微細構造。分子の構造や化学結合に関する情報を持っている。電子顕微鏡を用いて測定されるため、ナノメートルレベルの非常に小さな領域から選択的に測定することが出来る。

(注5)分子動力学計算
原子構造を計算する手法の一種。原子同士の相互作用をパラメーター化しているため計算が高速で大規模なモデルを扱うことができる。今回の分子動力学計算では1000分子の気体モデルを作成し、その構造を計算した。

(注6)第一原理バンド計算
電子構造や電子構造に関連する物性を計算する手法。今回、分子動力学計算で得られた分子構造をもとにELNESを計算するために利用した。


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