ニュース
ニュース
プレスリリース
【記者発表】色の変化で力を可視化するウェアラブルセンサの開発――感度の限界を突破!異方性制御で力に反応するスマート素材を高感度に――

○発表のポイント:
◆加えられた力の強さを、色の変化で視覚的に確認できるウェアラブルセンサを開発。
◆力に反応して色を変えるメカノクロミックポリマーの構造をナノスケールで制御することで、従来のものと比べて14倍高い感度を実現。
◆電池を使わずに身近な力を可視化できる「力」センサにより、床ずれや靴底にかかる力の分布、部品間の摩擦などを容易に測定でき、健康や安全の向上に貢献することが期待される。

wearable01.png
色の変化で力を可視化するウェアラブルセンサ

○概要:
 東京大学 生産技術研究所の杉原 加織 准教授と、深圳先進技術研究院のガルッチ マッシミリアノ 准教授らによる共同研究グループは、色の変化で力を可視化するウェアラブルセンサ(注1)を開発しました。本研究では、これまで見過ごされてきた材料設計の鍵である「面内異方性」に着目し、力を印加することで色を変化させるメカノクロミックポリマー(注2)であるポリジアセチレンの力感受性を、最大14倍に高めることに成功しました。独自に開発した、x, y, z 方向の力を定量化できるナノ摩擦力/蛍光複合顕微鏡の合体装置を用いて、ポリマー主鎖(注3)に対して垂直方向に力を加えることで、ナノスケールで反応が連鎖する"ドミノ効果"を発見し、この知見をもとに、柔軟かつ超高感度な「力」センサを開発しました。今後のウェアラブルデバイス、医療機器、機械分野での応用が期待されます。

○発表者コメント:杉原 加織 准教授の「もしかする未来」
杉原先生.jpg
私の専門は脂質です。本研究の材料となっているポリマーは、親水基と疎水基が合体した脂質ポリマーで、見た目にもインパクトのあるそのユニークな特性に興味を持ちました。
力を可視化するメカノクロミック素材は色々ありますが、定量的に力を読み取ることができるものは多くありません。私たちはその定量性にこだわり、色の変化から力を読み取ることができるセンサ開発を目指しています。
電池を使わないメカノクロミックセンサは、これまで測定されることのなかった身近な力を可視化してくれます。見えなかったものが見えるようになることで、第六感を得たような世界を作ることができるかもしれないと期待しています。

○発表内容:
 力の大きさだけでなく、「力の向き」がスマート素材(注4)の応答を左右する──そんな驚きの発見が、ポリジアセチレン研究に新たな第一歩をもたらしました。ポリジアセチレンは、環境の変化に"色で応える"スマートポリマーです(図1)。熱、pH、光、水、機械的刺激、金属イオン、有機溶媒、生体分子といった多彩な刺激に反応し、青から赤へと色が変化し、蛍光を発光します。このユニークなメカノクロミズム特性は、食品安全、スマートパッケージ、医療診断などの最先端分野ですでに応用が進んでいます。

wearable02.png
図1:ポリジアセチレンの作成
モノマーである10,12-トリコサジイン酸(TRCDA)にホスファチジルコリン(POPC)を混合し、ラングミュア・ブロジェットトラフという装置を用いて薄膜を作成する。その薄膜に紫外線を照射することで、モノマーが重合しポリマーができる。

 共同研究グループは、独自に開発したナノ摩擦力/蛍光複合顕微鏡の合体装置を用いて、ポリジアセチレンを構成する高分子主鎖に対して垂直方向に力を加えたとき、蛍光強度が倍増することを突き止めました(図2)。この現象は、力を加えた局所点から数百ナノメートル(注5)先まで力の影響が伝播する"ドミノ効果"によって説明することができました。

wearable03.png
図2:ドミノ効果の観測
a. ポリジアセチレンの薄膜を、主鎖に対して垂直方向に摩擦力顕微鏡でスキャンした際の蛍光ムービーのスナップショット。b. aの拡大画像。白い点線はスキャンしている場所を示す。力を印加した地点(点線より右)から離れた点でも蛍光が発光している(矢印参照)。

 さらにこの知見を活かし、指の曲げ動作で生じる力を感知するウェアラブルセンサを開発しました。ポリジアセチレンの主鎖を力の方向に対して垂直に配置することで、感度を最大14倍に向上させることに成功しました。今回明らかになった異方性メカノクロミズムは、ポリジアセチレンが持つ潜在的な感度の限界を打ち破り、この素材の活用をウェアラブルデバイスやソフトロボティクスといった応用領域へ飛躍的に拡大します。かつて"擦ると色が変わる素材"として知られていたポリジアセチレンは、いまやナノスケールでの力の可視化ツールへと応用範囲を広げています。x, y, z 方向の力を定量化できるナノ摩擦力顕微鏡と蛍光顕微鏡の融合が、刺激応答性材料のナノスケール機構解明に向けた新たな扉を開いたのです。

○発表者・研究者等情報:
東京大学
 生産技術研究所
  杉原 加織 准教授

 大学院工学系研究科
  ツェン ジアンル 研究当時:博士課程
   現:マサチューセッツ工科大学 博士研究員
  チェン ジアリ 博士課程
  ホウ ユグ 研究当時:博士課程
   現:浙江大学 博士研究員

深圳先進技術研究院
  ガルッチ マッシミリアノ 准教授

○論文情報:
〈雑誌名〉Nano Letters
〈題名〉Highly Sensitive Wearable Chromic Force Sensor Utilizing In-Plane Anisotropy in Polydiacetylene Mechanochromism
〈著者名〉Zheng, Jianlu; Chen, Jiali; Galluzzi, Massimiliano; Hou, Yuge; Sugihara, Kaori*
〈DOI〉10.1021/acs.nanolett.5c00085

○研究助成:
本研究は、科研費「基盤C(課題番号:(JP22K03544)」の支援により実施されました。

○用語解説:
(注1)ウェアラブルセンサ
 人が身につけながら、身体の機能を測定するセンサ。

(注2)メカノクロミックポリマー
 力を印加すると色を変えたり発光したりするポリマー。

(注3)ポリマー主鎖
 モノマーと呼ばれる単位を重合することでできる、高分子をポリマーという。その重合の方向に長く伸びる構造をポリマーの主鎖という。

(注4)スマート素材
 環境に応答して、その見た目や機能を変化する素材。

(注5)ナノメートル
 1メートルの1000,000,000分の1の長さ。

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
准教授 杉原 加織(すぎはら かおり)
Tel:03-5452-6341
E-mail:kaori-s(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

月別アーカイブ