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【記者会見】3300V級シリコンIGBTで5Vゲート駆動のスイッチングに世界で初めて成功

○発表者:
平本 俊郎(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント:
◆シリコン絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)はパワートランジスタの一種で、家電製品や自動車、鉄道、産業機器等に広く用いられています。電力変換効率をより向上させるため、電流密度が大きく損失の小さなパワートランジスタが強く要求されています。
◆本研究では、MOSトランジスタ部の寸法を縮小(スケーリング)した3300V級のシリコンIGBTを大学のクリーンルームで試作し、通常15Vのゲート駆動電圧を5Vに低減してIGBTをスイッチングすることに世界で初めて成功しました。また、電流密度向上(オン損失の低減)を達成し、スイッチング損失も低減できることを実証しました。
◆この成果は、シリコンIGBTの更なる進化が可能であることを示すとともに、パワーエレクトロニクスの効率改善、ひいては増大を続ける電力需要の抑制に貢献することが期待できます。さらに、ゲート制御電圧が5Vまで低減できることから、シリコンCMOSディジタル技術をゲート制御回路に用いることが可能となり、人工知能(AI)などを利用したインテリジェントな新しいパワーエレクトロニクスに発展することが期待されます。

○発表内容:
 半導体パワートランジスタは、パワーエレクトニクスにおけるキーデバイスであり、電力変換に用いられるスイッチングトランジスタです。パワートランジスタとしては、シリコンを材料とするパワーMOSトランジスタや絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(Insulated Gate Bipolar Transistor、IGBT)(注1)が広く普及しています。特にIGBTは、高い耐圧とMOSゲートによる高速性、バイポーラ動作による大電流特性から家電製品や自動車、鉄道、産業機器などに広く用いられており、最も重要なパワートランジスタの一つです。ところが、一般にシリコンIGBTは性能限界に近づいているとされています。パワーエレクトロニクスにおける電力変換効率をより向上させるため、電流密度が大きく損失の小さなパワーデバイスが強く求められており、シリコンに代わる材料としてシリコンカーバイドSiCや窒化ガリウムGaNなどを用いたトランジスタが活発に研究されています。
 一方、現在主流のパワートランジスタであるシリコンIGBTの性能をさらに向上させることができれば、パワーエレクトロニクスに大きな波及効果をもたらします。シリコンIGBTの性能を向上させるために、2013年に「IGBTスケーリング」(注2)という概念が発表されました。これは、大規模集積回路のCMOSトランジスタと同様に、IGBTのMOSトランジスタ部分を比例縮小し、ゲート電圧も同比率で低減するものです。ただし、MOSトランジスタのピッチは縮小しません。これにより、IGBT特有の電子注入促進(Injection Enhancement、IE)効果(注3)が起こり、電流密度が向上することがシミュレーションで示されていました。
 IGBTでは大電流をオン・オフ(スイッチング)させ、電圧は1000V以上に達します。スイッチングを制御するゲート制御回路(注4)の電圧は、回路の小型化と低コスト化のため少しずつ低電圧化が進んできましたが、現在では15Vが用いられています。IGBTスケーリングでは、スケーリング係数kがk=3の場合(寸法が1/3)、ゲート制御電圧も1/3の5Vに低減することになります。パワーエレクトロニクスの分野では、数千ボルトのスイッチングを5Vで行うことはノイズの観点などから困難であると考えられてきました。
 今回、東京大学 生産技術研究所の更屋 拓哉 助手および平本 俊郎 教授を中心とする研究グループは、北九州市環境エレクトロニクス研究所、明治大学、三菱電機株式会社、東芝デバイス&ストレージ株式会社、東京工業大学、九州大学、九州工業大学と共同で、3300V級のIGBTを5Vのゲート制御電圧でスイッチングすることに世界で初めて成功しました。
 IGBTスケーリングという新しい指導原理に基づくパワーデバイスを実証するため、大学のクリーンルームにおいて3インチ基板でシリコンIGBTを試作できる環境を整えました。寸法を通常より1/3に縮小し、オン電流も5A級という大電流が流せるk=3の3300V級IGBTを設計・試作しました。試作デバイスは5Vのゲート制御電圧でスイッチング動作させることができました。また、通常の寸法(k=1)で試作したIGBTと比較して、電流密度の向上(オン損失の低減)を達成し、ターンオフ時のスイッチング損失を35%も低減することを実証しました。
 一方、従来のゲート制御回路は、高いゲート電圧で駆動されていたため高耐圧ICプロセスを用いて大きな面積のアナログベースの回路で構成されていました。本研究のIGBTでは、制御電圧を15Vから5Vに低減できることから、ゲート駆動に必要な電力は約1/10に減少しゲート制御回路が小型化します。また、ゲート制御回路には標準的なCMOSプロセスを用いることができ、ディジタルCMOSベースの小型チップとすることができます。この効果は非常に大きく、さまざまなディジタル回路の資産を集積化することができ、人工知能(AI)などの先端ディジタル技術とパワーエレクトロニクスの融合につながることが期待されます。
 今回の成果は、材料を変えずにデバイス技術を変えるだけで、現在主流のパワートランジスタであるシリコンIGBTが今後もスケーリングにより性能向上が可能であることを示しています。パワーエレクトロニクスの電力変換効率の向上に寄与することから、増大する電力需要の抑制に貢献することが期待できます。またAIなどとの融合により、従来と異なるパワーエレクトロニクスのインテリジェント化により新たなパラダイム変換をもたらす可能性があります。
 本研究は、(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「低炭素社会を実現する次世代パワーエレクトロニクスプロジェクト」の「新世代Siパワーデバイス技術開発」の一環で行われました。また、本研究は、プロジェクト企画起案元である(一社)NPERC-Jの産学メンバーの極めて緊密な連携のもとで実施されました。

○発表会議:
国際会議名:IEEE International Symposium on Power Semiconductor Devices and ICs (ISPSD)
会期:2019年5月19-23日
開催場所:上海(中国)
論文タイトル:3300V Scaled IGBTs Driven by 5V Gate Voltage
著者:Takuya Saraya1, Kazuo Itou1, Toshihiko Takakura1, Munetoshi Fukui1, Shinichi Suzuki1, Kiyoshi Takeuchi1, Masanori Tsukuda2, Yohichiroh Numasawa3, Katsumi Satoh4, Tomoko Matsudai5, Wataru Saito5, Kuniyuki Kakushima6, Takuya Hoshii6, Kazuyoshi Furukawa6, Masahiro Watanabe6, Naoyuki Shigyo6, Hitoshi Wakabayashi6, Kazuo Tsutsui6, Hiroshi Iwai6, Atsushi Ogura3, Shin-ichi Nishizawa7, Ichiro Omura8, Hiromichi Ohashi6, and Toshiro Hiramoto1
1The University of Tokyo, Tokyo, Japan, 2Green Electronics Research Institute, Kitakyushu, Japan, 3Meiji University, Kawasaki, Japan, 4Mitsubishi Electric Corp., Fukuoka, Japan, 5Toshiba Electronic Devices & Storage Corp., Tokyo, Japan, 6Tokyo Inst. of Technology, Yokohama, Japan, 7Kyushu University, Kasuga, Japan, 8Kyushu Inst. of Technology, Kitakyushu, Japan

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 平本 俊郎(ひらもと としろう)
Tel/Fax:03-5452-6263
URL:http://vlsi.iis.u-tokyo.ac.jp/index-j.html

用語やその他の解説:
(注1)IGBT
絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(Insulated Gate Bipolar Transistor)の略。入力部はMOSFET構造,出力部はバイポーラ構造を有する。高い耐圧を得るため非常に長いベース領域(数十〜数百μm)をもつが、電子と正孔双方のキャリヤをベース領域に注入・蓄積することで伝導度変調が起こり高電流を導通できる特徴をもつ。またMOSゲート部によりキャリヤの注入を制御するため比較的高速なスイッチング特性を有する。

(注2)スケーリング
スケーリングは日本語では比例縮小と呼ばれる。スケーリングはMOSトランジスタの性能向上の基本原理であり大規模集積回路の発展に大きく寄与してきた。MOSトランジスタのサイズを微細化し、動作電圧も低減することにより高速化と低消費電力化が両立できる。一方、IGBTスケーリングは、2013年に九州工業大学の大村一郎教授のグループが提案した(大村一郎教授は本NEDOプロジェクトの主要メンバーの一人)。IGBTスケーリングではMOSトランジスタ部分のみをスケーリングする。その際、IE効果を促進するためMOSトランジスタの配列ピッチは縮小しない(MOSトランジスタの密度は増大させない)。

(注3)IE効果
IGBT の長いベース領域全体で導通抵抗を下げるには、MOS構造部分からの電子注入を増やすこと(Injection Enhancement、IE)で、MOS ゲート部分付近の電子・正孔の密度を上昇させることが必要である。かつては電子の注入を増やすために電子電流抵抗を直接的に減らすMOS 構造の高密度化がよいと考えられてきた。ところが正孔電流の流路を狭めることで、逆に電子電流の割合が増える効果が1993 年に日本企業から発表された。これがIE効果である。現在ではこの考え方を応用してIGBTが設計されている。

(注4)ゲート制御回路
IGBT の入力(ゲート)電圧を駆動する回路。大電流をスイッチングするIGBTではトランジスタをオンさせるためのゲート容量も大きくなるため、ゲート容量を高速に充電あるいは放電してスイッチングする回路が必要となる。現在、駆動電圧は15Vでありアナログベースの回路で構成されている。


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