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【記者発表】分子の形で結晶の電気特性を制御する ~ 強誘電―反強誘電相転移を制御可能な単純な分子モデルを提案 ~

○発表者
高江 恭平(東京大学 生産技術研究所 助教)
田中 肇 (東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント
◆結晶材料の電気的・力学的な応答、さらにそれらの結合の制御は、超音波発生装置や不揮発性メモリなど、応用上も重要な物質科学の中心テーマの一つであるが、その物理的メカニズムの理解は遅れていた。本研究グループは強誘電および反強誘電秩序を分子形状により制御可能なモデルを提案し、シミュレーションにより、相転移および応答を物理的に解明した。
◆分子間の立体的な相互作用と電気的な相互作用との競合に着目し、電気双極子を持つ分子の形状を変えていくことで、強誘電秩序(注1)相と反強誘電秩序(注2)相の相転移を制御することに成功した。
◆強誘電秩序相と反強誘電秩序相の相転移を示す物質、あるいは磁石を用いて、電気/磁気秩序と、変形あるいは熱応答とが結びついた交差応答(注3)を示す高機能材料開発に重要な指針を与えると期待される。

○発表概要
強誘電秩序および反強誘電秩序を示す材料は、超音波発生装置や不揮発性メモリといった圧電・蓄電材料などで数多く実用化されているが、分子レベルの構造が、強誘電および反強誘電秩序の発現にどのような影響を与え、電場や応力(注4)に対する応答性にどのようにかかわるのかについては、物理的な理解はなされていないのが現状であった。東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、高江 恭平 助教の研究グループは、強誘電および反強誘電秩序を分子形状により制御可能なモデルを提案し、シミュレーションにより、相転移および応答の物理的な解明を目指した。分子間の立体的な相互作用と電気的な相互作用とが競合しているという性質に着目し、電気双極子(注5)を持つ分子の形状を変えていくことで、強誘電秩序相と反強誘電秩序相の相転移を制御することに成功した。この相転移は結晶構造の変化を伴い、その結果、相転移に際し大きな変形・熱の発生/吸収が起こる。つまり、電気分極・変形・熱が結びついた交差応答の実現にも成功した。分極秩序およびその応答を制御するための分子設計に、磁性材料に対しても適用可能な形で、理論的なガイドを与えられる点で、実用上のインパクトも大きいと期待される。

本成果は2018年9月17日(米国東部時間)の週にProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America誌(PNAS、米国科学アカデミー紀要)で公開される。

○発表内容
強誘電秩序および反強誘電秩序を示す材料は広く知られており、電場によるスイッチングのみならず、変形や熱と結びついた交差応答を示すことから、実用的な観点で大きな期待を集めている。これまで、材料の強誘電秩序と反強誘電秩序を制御するには、無機材料に関しては原子の置き換えおよび応力により、有機材料に関しては分子の一部を異なる基で置き換えることにより実現されてきたが、どのような置き換え方をすれば秩序を制御可能であるのか、その物理原理が明らかになっておらず、経験則に頼っているのが実情であった。

東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、高江 恭平 助教の研究グループは、理論およびシミュレーションにより解明を試みた。強誘電秩序および反強誘電秩序の発現には分子間の立体的な相互作用と電気的な相互作用との競合が重要であるという予想のもと、電気双極子を持つ分子の形状を制御可能な、楕円体分子のシミュレーションモデルを提案した。電気双極子が電気的な相互作用により作る秩序は、電気双極子の空間的な並び方、つまり、結晶構造の影響を強く受ける(図1)。他方、分子形状を変えていき、分子間の立体的な相互作用を調節することで、いくつかの結晶構造の安定性を制御することが可能である。両者を組み合わせることで、強誘電秩序相と反強誘電秩序相との間の相転移を、結晶構造の変化を伴いつつ引き起こすことが可能になる(図2)。さらに、この相転移における結晶構造の差異に起因して、電気的秩序が変化する際、大きな変形や熱の発生/吸収が起こるという交差応答が生ずることを見出した。その結果、電場をかけることで大きな変形や温度変化を誘起し、逆に応力や温度変化により分極秩序の相転移を誘起することに成功した。

この成果は、電気分極の秩序を、分子の形状によって制御可能であるということを示しただけでなく、相転移を利用して大きな変形や熱の発生/吸収を示す材料を開発する物理的な指針を与えたといえる。さらに、今回提示されたモデルで用いた双極子―双極子相互作用は磁気双極子にも共通なきわめて普遍的な相互作用であるため、磁性材料に対しても適用可能なモデルとなっている。分子磁石あるいは市販の磁石を用いて同様の効果が起こることが予想され、予測を実証する実験的研究が待ち望まれる。

本研究は、日本学術振興会 新学術領域研究ソフトクリスタル(JP17H06375)、特別推進研究(JP25000002)、および基盤研究(A)(JP18H03675)の支援を受けて実施した。シミュレーションの一部は東京大学物性研究所および京都大学基礎物理学研究所のスーパーコンピュータシステムを利用した。

○発表雑誌
雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS、米国科学アカデミー紀要)」
論文タイトル: Self-organization into ferroelectric and antiferroelectric crystals via the interplay between particle shape and dipolar interaction
著者: Kyohei Takae and Hajime Tanaka
DOI番号: 10.1073/pnas.1809004115

○問い合わせ先
東京大学 生産技術研究所
教授 田中 肇(たなか はじめ)
Tel: 03-5452-6125 Fax: 03-5452-6126
研究室URL: http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説
(注1)強誘電秩序
結晶内の電気分極が同じ向きに揃うことで、自発的な分極を生じ、また外部電場により電気分極の反転(スイッチング)を示す状態。

(注2)反強誘電秩序
結晶全体の分極を打ち消すように電気分極の秩序が生ずるため、自発分極は生じず、外部電場に対して強誘電秩序とは異なったスイッチングを示す状態。

(注3)交差応答
例えば応力に対して電気分極が生じ、電場に対して変形するというように、材料に与えた刺激に対して一見異なる種類の応答が互いに結びついて生ずることをいう。

(注4)応力
ここでは、外部から与える力のうち電気的な力と区別して機械的な力(引っ張りや圧縮など)を指す。

(注5)電気双極子
図1にあるように、プラス電荷とマイナス電荷とが対になっているもの。電場の方向と平行になるように向きを変える性質がある。

○資料

図1:電気双極子を持つ楕円体分子による分極秩序と結晶構造の関係。左のように並ぶと強誘電秩序が、右のように並ぶと反強誘電秩序が安定になる。右の状態に外から電場や応力を与えることで左の状態に転移させることができる。


図2:楕円体の形を制御することにより得られた相図。横軸ηは楕円体の形を決める因子を、縦軸Tは温度を表す。楕円体の形が球に近ければ(η小)強誘電秩序が、軸比が大きくなると(η大)反強誘電秩序が安定になり、結晶構造の変化を伴う相転移を示す。相境界付近で大きな誘電・交差応答を示す。

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