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プレスリリース
【記者発表】金で加速、パラジウムの水素吸収 ~ じゃまもので高性能化 ~

○発表者
小倉 正平(東京大学 生産技術研究所 助教)
福谷 克之(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント
◆パラジウムは水素を吸収する材料ですが、水素のパラジウム表面から内部への侵入過程が遅く、吸収の高速化が求められていました。
◆パラジウムの表面に水素を吸収しない金を混ぜることにより、水素の吸収速度が40倍以上促進されることを発見しました。
◆水素のエネルギー利用に必要な水素吸蔵材料の高性能化につながります。

○発表概要
東京大学 生産技術研究所の福谷 克之 教授、小倉正平助教、灘波 和博 大学院生(研究当時)らの研究グループは、水素吸蔵材料であるパラジウム(Pd)の表面に金(Au)を混ぜることにより、水素の吸収速度が40倍以上加速されることを発見しました。

近年進められている水素のエネルギー利用には、水素吸蔵材料を利用した水素貯蔵や水素純化膜による水素精製が必要です。パラジウムはその材料として期待されていますが、水素のパラジウム表面から内部への侵入過程が遅く、吸収を速める工夫が求められていました。今回、試料表面付近の水素の振る舞いを調べることのできる昇温脱離法(注1)と共鳴核反応法(注2)を用いて、これまで水素吸収を阻害すると考えられていた金により、パラジウム表面から内部への水素の侵入速度が加速されることを明らかにしました。本研究の成果により水素吸蔵材料の大幅な高性能化が期待されます。

本研究成果は2018年7月9日(米国東部時間)の週に「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS、米国科学アカデミー紀要)」に掲載されます。

○発表内容
近年進められている水素のエネルギー利用には、水素吸蔵材料を利用した水素貯蔵や水素純化膜による水素精製が必要です。パラジウム(Pd)は水素を吸収する金属であり、水素のみを透過させることから水素純化膜の材料などとして利用されています。水素の透過には、水素の表面への吸着、表面から試料内部への侵入、試料内部での拡散の過程がありますが、パラジウムでは表面から試料内部への侵入が律速過程となっており、水素吸収速度が遅いという問題がありました。一方で金(Au)は水素を吸収せず、また表面にも水素をほとんど吸着しないことから、水素の吸収に対しては役に立たないと考えられていました。

東京大学 生産技術研究所の福谷 克之 教授、小倉 正平 助教、灘波 和博 大学院生(研究当時)らの研究グループは、パラジウム単結晶の表面に金を蒸着して加熱することにより、表面にパラジウムと金の合金層を作成し、昇温脱離法と共鳴核反応法を用いて水素の表面付近での振る舞いについて調べました。-153℃に冷却したパラジウムに水素を吸収させた後に加熱すると、昇温脱離法では-120℃に試料内部に吸収された水素の放出によるピーク、27℃に表面に吸着した水素の脱離によるピークが見られました。一方で、表面に金の合金層を作成して同様の実験を行った場合、吸収された水素によるピークが増大し、表面に吸着した水素によるピークは減少して低温側にシフトすることがわかりました。共鳴核反応法により水素の深さ分布を測定すると、金の合金層がある場合に、表面から数層深い領域で水素の吸収量が増大していることが明らかになりました(図1)。さらに金の合金層の厚さよりも深い位置での水素量も増大しており、金の合金層が表面から試料内部への水素の侵入速度を加速する役割があることを見出しました。昇温脱離法で得られるピーク面積から表面での金の濃度に対する水素の吸収速度の増加率を調べると、金の濃度が約40%の場合に水素の吸収速度は最大となり、純粋なパラジウムに比べて40倍以上加速されることを発見しました(図2)。これまで水素の吸収を阻害すると考えられていた金が、水素の侵入速度を加速する効果があることを示したことになります。一方で、金の量を増やしすぎると吸収速度は減少し、最適な量が存在することがわかりました。

水素の侵入速度の加速は理論計算によっても説明され、金と合金化することにより水素が表面でエネルギーが高い状態となり、水素が試料内部へ侵入するために越えなければならないエネルギーの壁(拡散障壁)が相対的に低くなり、その結果水素が侵入しやすくなっていることがわかりました(図3)。さらにその起源を明らかにするために表面の電子状態を光電子分光法(注3)により測定しました。パラジウムの電子状態が金との合金化により変化することを明らかにし、過去に提案されているモデルを用いて、水素が表面でエネルギーが高い状態になることを説明しました。

水素のエネルギー利用の鍵となる、水素純化膜や水素貯蔵のための水素吸蔵材料の開発が近年進められており、本研究の成果はそれらの大幅な高性能化に役立つことが期待されます。また試料内部に吸収された水素は表面にやってきた際に特異な化学反応を起こすことも報告されており、吸収された水素を利用した新奇触媒の開発にもつながると考えられます。今後は本研究の発展として、パラジウムや金以外のより安価な材料への展開、水素吸収の促進メカニズムのより詳細な解明を目指して研究を行う予定です。

○発表雑誌
雑誌名: 「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS、米国科学アカデミー紀要)」
論文タイトル: Acceleration of hydrogen absorption by palladium through surface alloying with gold
著者: Kazuhiro Namba, Shohei Ogura, Satoshi Ohno, Wen Di, Koichi Kato, Markus Wilde, Ivo Pletikosić, Petar Pervan, Milorad Milun, Katsuyuki Fukutani
DOI番号: 10.1073/pnas.1800412115

○問い合わせ先
東京大学 生産技術研究所
助教 小倉 正平(おぐら しょうへい)
教授 福谷 克之(ふくたに かつゆき)
Tel: 03-5452-6132 Fax: 03-5452-6159
研究室URL: http://oflab.iis.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

(注1)昇温脱離法
試料表面に分子を吸着させた後、試料を加熱して脱離してくる分子を試料温度の関数として測定する手法。表面に吸着した分子や試料内部に吸収された分子の量、分子の表面への吸着力などがわかります。

(注2)共鳴核反応法
加速した窒素の同位体(15N)のイオンを試料に照射し、水素との核反応によって生じるガンマ線を検出することにより、試料を破壊することなく水素の絶対量と深さ分布を測定できる手法。

(注3)光電子分光法
試料表面に紫外光を照射し、出てくる電子のエネルギーを調べることにより、試料の表面付近での電子の状態を知ることができる手法。

資料

図1:共鳴核反応法による水素の深さ分布の拡大画像を表示します
図1:共鳴核反応法による水素の深さ分布
水素量に比例するガンマ線収量が金との合金化によって増加する。

図2:昇温脱離法による水素吸収量の増加率と金蒸着量の関係の拡大画像を表示します
図2:昇温脱離法による水素吸収量の増加率と金蒸着量の関係
金の濃度を増やすと水素吸収量が増加し、最大で40倍以上になる。

図3:理論計算による水素のエネルギーダイアグラムの拡大画像を表示します
図3:理論計算による水素のエネルギーダイアグラム
金との合金化により表面(O1)での水素のエネルギーが上がり、表面から試料内部(O2)への拡散障壁が下がる。

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