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老朽インフラを「透視」する [UTokyo-IIS Bulletin Vol.12]

レーダー技術を駆使して高速道路、トンネルなど構造物の内部損傷を早期に検出

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 老朽インフラの維持管理は日本のみならず、世界的な課題になっています。本所の水谷 司准教授は、自身が開発した「四次元透視技術」を活用し、インフラ内部にできた小さな損傷を広がる前に検出し、早期に修繕する「予防保全」を提案しています。この技術は、レーダーを活用し、時間の経過も考慮した技術で、安全で安価に内部を「透視する」ことを可能にします。自治体が資金難にあえぐ中、そのインフラ維持管理コストの削減に資する技術に期待が高まっています。

老朽インフラの保全は喫緊の課題

 多くのインフラが高度経済成長期(1955年〜1973年)に建設され、老朽化が進んでいる日本。そのインフラ保全に関する深刻な課題が浮き彫りになったのが、2012年12月に山梨県の中央自動車道で発生した笹子トンネル事故です。老朽化したトンネルの天井板が崩落し、9人が犠牲になりました。

 この事故の2年後、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」が内閣府で始動し、インフラ保全分野での技術革新の必要性が5年間にわたり議論されることになりました。インフラ維持管理に先駆的な電磁波技術の導入が期待される中,東京大学大学院工学系研究科で鉄道沿線に設置されたアンテナから発せられる電磁波を気象観測のために解析した実績から、水谷准教授に白羽の矢が立ち、研究者としてSIPに参加しました。

 水谷准教授は、「インフラの損傷が目に見えるようになった時には、すでに深刻な状態に陥っています。大規模な修繕が必要になり、交通も止めなければなりません。一方、損傷を早期に検出ができれば、修繕範囲を狭くすることができ、コストも抑えられます。それには、損傷の予兆を把握し、予防保全を実施することが重要で、そのためには内部をレーダーで見ることが必須になります」と、自身の研究の社会的意義を説明します。

 国土交通省の2018年の試算によると、インフラが大きな損傷を受けた後に修繕する「事後保全」にかかる費用は、2048年までの30年間で280兆円にも上ります。しかし、「予防保全」に取り組むことで、コストを30%削減し、約190兆円にまで抑えることができるとしています。

 SIPへの参加をきっかけに、水谷准教授は構造物の内部を透視する技術を確立し、その分野のパイオニア的存在になっています。

道路版「レントゲン、MRI」の構築を目指す

 研究に使用するのは2種類の「地中レーダー」で、電磁波の反射を利用して内部を非破壊で検査するシステムです。一つは車載のレーダーシステムで、最大時速80キロで走行しながら道路の状態を検査するので、交通を止める必要はありません。システムはマルチチャンネルで、車両の横に並べた複数のアンテナが、それぞれ特定方向に電磁波を発射し、目標から反射された信号を受信します。これにより、地中の三次元データが構築されます。同じ区間を一定時間の経過後に再度調査することで、時間軸を加えた4次元データが生成でき、小さな破損が時間の経過とともに大きくなる前に検出することも可能になります。もう一つは、スマートフォンを搭載したポータブル・レーダーで、スマートフォンが、システムのディスプレイとプロセッサーの役割を果たします。

 レーダーシステムは通常、人間によるリアルタイムのデータモニタリングを前提としていますが、水谷准教授はアルゴリズムと人工知能(AI)を活用して、モニタリングの自動化を目指しています。

 損傷や埋設管を埋め込んだ実物大の実験場を作り、検証を行った結果は満足のいくものでした。水谷准教授は、「4次元透視技術で、埋設管がどういう位置に入っているか、また、損傷も立体的に炙り出せるようになっています」と、自信を示しています。

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レーダーによる橋の内部の透視動画(インフラ版レントゲン,MRI図)
水谷研究室 修士2年今井 貴教さんの研究

課題を克服して「見えないものを見る」

 ただ、課題も少なくありません。その一つはデータのノイズ処理です。システムに搭載されているアンテナ間には特性の違いがあり、そのままではデータにノイズが混入してしまいます。「我々が扱っているのは、損傷という1ミリ単位の微妙なものなので、アンテナ間の特性の違いは無視できない」と、アルゴリズムを用いてその特性の違いを取り除く前処理を行っています。精度は極めて重要で、1%でも誤差があると、100万キロデータ内に1万キロもの誤差が生じることになるのです。

 水谷准教授は、「データを目で見ても、埋設管なのか、大きな岩なのか、それとも空洞なのかを特定するのは難しい」と、AIや数理モデルの活用で見分ける方法を模索しています。しかし、AIを利用する際には特有の課題も存在します。その一つが、AIに学習させるための教師データの作成です。目で見えない地中の損傷は、当該箇所を破壊せずには確認できないため、正確な教師データが不足しています。水谷准教授は、シミュレーションデータで補完する方法や、「ボリュームイメージ」と呼ばれる、内部の構造を三次元的に視覚化し分析する理論的なアプローチも採用しています。

技術進化の鍵を握るのは、自動運転

 水谷准教授の究極の目標は、走行する車両から地中データを収集し、リアルタイムに「Googleマップ地中版」を生成することです。「現在、Googleマップは、一次データとして店舗やレストランを探したり、運転ナビや研究用のマッピングに利用したり、様々な目的で利用されています。地中版も一次データとしてとして有用であり、建築業界でのデジタルトランスフォーメーション(DX)に貢献するものになると考えています」。

 建築業界はいまだ古い慣行が残り、危険な作業が伴うことが多いため、効率化や安全確保が喫緊の課題になっています。たとえば、地中に杭を打つ際には、岩などの障害物に衝突する場合があります。岩の位置を事前に特定できれば、その岩を回避しながら杭を打つことが可能になります。つまり、建築業界が目指す完全自動化の実現には、地中の一次データの利用が不可欠なのです。

 地中の一次データを効率よく収集するためには、自動運転車の導入が鍵になります。中国や米国はすでに自動運転車のプロトタイプを使って、商業サービスを開始しています。日本も同様のサービスを導入できれば、自動運転車にレーダーや各種センサーを搭載して、24時間連続で地中データを自動収集することが可能になります。さらに、同じ場所を定期的に繰り返し計測することで、時間の経過に伴う損傷の変化を捉えることも容易になります。

 水谷准教授は、「そのようなシステムを開発できれば、日本発の全自動のインフラ維持管理システムとして世界に発信したい」と、世界の喫緊の課題解決に意欲を見せます。実現すれば、「『インフラ透視工学』とも呼べる新しい学術分野が確立され、先駆者として主導的な役割を果たす」という目標が達成可能になるでしょう。


Googleストリートビュー上への路面下の拡張現実表現
水谷研究室 修士2年Muhammad Moosa KAZIMさんの研究

ミニクロストーク:水谷 司 准教授 × 山川 雄司 准教授

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山川:(→高速ビジョンで「見る」 [UTokyo-IIS Bulletin Vol.12]
 私たちはともに高等専門学校(高専)を卒業してから東大に編入学しましたね。人間の感覚をアルゴリズムに落とし込むことは、今後ますます重要になるでしょうが、そのために必要なセンスは高専で鍛えられました。高専生の頃に、工学的なセンスを学べたことは大きかったと思います。

水谷:
 その通りです。高専では、理論を実践に結びつけることを求められました。数式をやみくもに勉強するよりも、それをどのように活用するか、実践的な感覚を鍛えたと思います。また、私たちはともに、エンジニアの実際の仕事を身近で見られる家庭環境に育ちましたので、どのアプローチが成功するか、どういった課題があるかを絶えず目にしてきました。その経験から、私が学生に日頃伝えるのは、「人間の考えることをアルゴリズムに落とし込むと、多くの場合上手くいく」ということです。

山川:
 その意味では、私は高速ビジョンのほか、力センサや触覚センサ、機械学習を使い、人間の考え方にロボットを近づけさせようとしています。たとえば、ロボットハンドが動いている物体をつかむ際に、それが壊れやすいものかどうかを認識させることです。やわらかいケーキなどの食品を扱えるようになれば、工場での自動化もさらに進むでしょう。

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