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【記者発表】光がん治療法の新原理を提案――必要に応じて薬剤を供給するドラッグデリバリーシステムへの発展に期待――

○発表者:
村田   慧(東京大学 生産技術研究所 助教)
石井  和之(東京大学 生産技術研究所 教授)
池内 与志穂(東京大学 生産技術研究所 准教授)
齊部  佑紀(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 修士課程)
三澤  龍志(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 博士課程)

○発表のポイント:
◆生体を透過しやすい赤色光を当てると、光が当たった部位でのみ薬剤が放出され、がん細胞を攻撃する、光がん治療法の新原理を提案した。
◆室内光では変化せず、赤色パルスレーザー光が当たった場合にのみ一部が切断され、反応性の高い薬剤として働く「有機金属フタロシアニン」を開発した。
◆がん細胞を攻撃する薬剤の他にも、さまざまな薬剤を放出する「有機金属フタロシアニン」を合成できる可能性があり、必要な場所に必要なタイミングで薬剤を供給する「ドラッグデリバリーシステム」としての発展も期待できる。

○発表概要:
 光がん治療法(光線力学的療法、Photodynamic Therapy(PDT))は、光エネルギーで物質を活性化し、その化学反応によって腫瘍を選択的に治療する方法である。一般的には、光照射によって活性酸素を発生させ、がん細胞を攻撃させるメカニズムが用いられている。しかし、①プログラムされた細胞死であるアポトーシス(注1)を誘導しづらいこと、②腫瘍組織の低酸素領域では治療効果が低いことなどの課題があった。
 東京大学 生産技術研究所の村田 慧 助教、石井 和之 教授、池内 与志穂 准教授らの研究グループは、生体を透過しやすい赤色光(650 nm以上)により、薬剤(反応性が高いラジカルやアルデヒドなど)を放出できる新たな光がん治療法の原理を提案した。本研究では、光エネルギーで活性化される物質として「有機金属フタロシアニン」を用いた。この物質は、室内光下では安定でありながら、赤色パルスレーザー光によって薬剤を放出する。この薬剤と、光によって活性化された酸素分子(活性酸素)の協働効果により、がん細胞を死滅させることに成功した。薬剤の放出は酸素濃度に依らず進行し、かつ周辺の正常細胞にダメージを与えにくいアポトーシスを誘導することから、新たな光がん治療法としての応用が期待できる。
 本システムにはさまざまな薬剤の導入が可能であることから、新たな光がん治療法としての応用だけでなく、ドラッグデリバリーシステムとしての発展も期待できる。

○発表内容:
 光がん治療法(光線力学的療法、Photodynamic Therapy(PDT))は、光エネルギーで活性化される光感受性物質(注2)の化学反応によって腫瘍を選択的に治療する方法である。一般的には、生体組織透過性が高く、身体の内部に届きやすい赤色光の照射によって生成する活性酸素でがん細胞を攻撃するメカニズムが用いられており、正常な組織への影響が少なく、身体への負担が軽減された治療として実施されている。また、抗体を利用した光がん治療法(光免疫療法)がオバマ米国大統領(当時)の一般教書演説に取り上げられるなど、より高機能な光感受性物質の開発も期待されている。一方、光線力学的療法は、酸素分子を活性酸素とすることでがん細胞を攻撃するため、①プログラムされた細胞死であるアポトーシスを誘導しづらいこと、②腫瘍組織の低酸素領域では治療効果が低いことなどの課題を有していた。
 本研究グループは、低酸素の条件下でもさまざまな生体分子と反応できる薬剤を、赤色光により放出できる光がん治療法の新原理を提案した(図1)。新たな光感受性物質として、赤色光を吸収するフタロシアニン(注3)に、アルキル基を有する有機金属錯体(注4)を組み合わせた「有機金属フタロシアニン」を開発した(金属にはロジウムを採用)。光源には、極めて短い時間(約10-8秒)に非常に高いピーク強度を持つ特殊な光、赤色ナノ秒パルスレーザーを用いた。この「有機金属フタロシアニン」が、室内光下では安定でありながら、赤色ナノ秒パルスレーザー光の照射によって、さまざまな生体分子と反応し、アポトーシスを誘導するアルキルラジカルやアルデヒドなどの薬剤を放出できることを見出した。この反応は、「有機金属フタロシアニン」が極めて短い時間内に二つの光子を吸収(二光子吸収:注5)した後に、その金属-炭素結合が開裂することによって進行する。ヒト腫瘍細胞株であるHeLa細胞に対する「有機金属フタロシアニン」の毒性を調べた結果、特定の濃度において光照射による殺細胞効果を示すことが明らかとなった(図2)。さらに細胞死パターンを分析し、アルキルラジカル/アルデヒドの光放出が細胞死に寄与することが示された。
 このように本研究では、「有機金属フタロシアニン」を用いて、光がん治療法の新原理を提案した。アルキルラジカル生成は酸素濃度に依らず進行し、かつ周辺の正常細胞にダメージを与えにくいアポトーシスを誘導することから、新たな光がん治療法としての応用が期待できる。また、有機金属錯体のアルキル基部分にさまざまな薬剤を導入することが可能であり、ドラッグデリバリーシステムとしての発展も期待できる。
 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業ACT-X「生命と化学」(JPMJAX191H、研究代表者:村田 慧)、JSPS科学研究費補助金 新学術領域研究(JP17H06375)、若手研究(JP19K15582)の助成を受けて行われた。

○発表雑誌:
雑誌名:「Chemical Communications」(オンライン版:9月20日)
論文タイトル:Two-Photon, Red Light Uncaging of Alkyl Radicals from Organorhodium(III) Phthalocyanine Complexes
著者:Kei Murata*, Yuki Saibe, Mayu Uchida, Mizuki Aono, Ryuji Misawa, Yoshiho Ikeuchi, and Kazuyuki Ishii* (*共責任著者)

○問い合わせ先:
<研究に関すること>
東京大学 生産技術研究所
助教 村田 慧(むらた けい)
教授 石井 和之(いしい かずゆき)
Tel:03-5452-6306
E-mail:murata-k(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
    k-ishii(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
研究室URL:https://www.k-ishiilab.iis.u-tokyo.ac.jp/index.html

<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 先進融合研究グループ
宇佐見 健(うさみ たけし)
Tel:03-6380-9130
E-mail:act-x(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)

○用語解説:
(注1)アポトーシス
 プログラムされた細胞死の一つで、細胞が能動的に自身を破壊する。一方、光線力学的療法で生成される活性酸素の一つである、一重項酸素を用いた細胞攻撃では、主として受動的な細胞死であるネクローシス(細胞壊死)が起こる。ネクローシスでは、細胞内容物の流出により、周辺細胞の炎症反応が引き起こされる場合があるが、アポトーシスにはこうした反応が伴われない特長がある。

(注2)光感受性物質
 光エネルギーを吸収し、そのエネルギーを利用して化学反応などを起こす物質。

(注3)フタロシアニン
 青~緑色の染料・顔料、光記録媒体、光伝導体などとして幅広く実用されている色素分子。

(注4)有機金属錯体
 金属と炭素の化学結合を含む化合物群であり、触媒分子などとして広く利用されている。

(注5)二光子吸収
 ナノ秒パルスレーザー光の場合、極めて短い時間(約10-8秒)に非常に高いピーク強度が存在するため、約10-8秒以内に分子が二つの光子を段階的に吸収する現象が起こり得る。この際、高いエネルギーを有する状態が形成されるため、通常の室内光などでは起こらない化学反応が進行する場合がある。

○添付資料:
光がん治療法の新原理を提案-1.png
図1 赤色パルスレーザー光で薬剤を放出する新しい光がん治療法の原理
本研究では、アルキル基としてメチル基あるいはブチル基を使用した。フタロシアニン環上の置換基は記載を省略している。

光がん治療法の新原理を提案-2.png
図2 新たに開発した有機金属フタロシアニンの毒性・光毒性試験結果
暗所下毒性と光毒性の差が光照射の効果を示す。有機金属フタロシアニンを特定の濃度(1 µ M)としたとき、赤色パルスレーザー光を照射しなかった場合(青線)に比べ、光を照射した場合(赤線)では高い毒性が見られた。

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