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ナノの世界の謎に挑む[UTokyo-IIS Bulletin Vol.9]

単純なコンピュータープログラムを使い、材料のナノ・マイクロ領域での変形・破壊を研究

より強固で機能性が高い材料の設計は、産業界にとって最重要課題のひとつです。「金属やセラミックスなどの材料にどのように亀裂が生じ、伝播するのか」を解明することで産業界を後押しするのが、破壊力学の研究です。本所の梅野 宜崇 教授は、最新の顕微鏡でもその瞬間を捉えるのが難しいとされる、ナノ・マイクロ領域での材料の変形や破壊を、モデリングとシミュレーションによって解明するユニークなアプローチを続けています。

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梅野教授は、コンピューターの黎明期にPCを買い与えてくれた、技師である父親の影響を受け、少年時代から科学に興味を持ちました。将来は製造業に何らかの形で関わりたいと、四半世紀前に京都大学工学部に入学したのは自然の流れでした。

工学研究科の指導教員が原子レベルの破壊の挙動を研究していたこともあり、梅野教授は数値シミュレーションを用いた微細な世界の研究を始めました。当初は、「そんな小さな世界を研究して何になるのだ」などと研究者仲間からも冷ややかに見られ、パイオニアならではの苦労が多かったそうです。しかし、近年のナノサイエンス・ナノテクノロジーの目覚ましい発展の中、梅野教授の研究は当初の懐疑論を超えて大きな注目を浴びることになります。

梅野教授は2006年に准教授として本所に採用され、現在は革新的シミュレーション研究センターに所属しています。「コンピューターの性能が劇的に向上して、簡単な数理モデルでシミュレーションを行い、原子の並びが引きちぎられて亀裂が起こるメカニズムを特定できるようになりました」。梅野教授は、欠陥のない極小の試験片を繰り返し精密に引っ張らなければならない実験と比べ、シミュレーションは簡単に行えるばかりでなく、メカニズム解明のために自在に条件を変えられるという優位性を強調します。

例えば2021年、梅野教授ら日本人研究者グループは、ゴム材料の亀裂進展速度が急激に変化する「速度ジャンプ現象」のメカニズムを世界で初めて明らかにしました。耐久性があるゴム材料を設計するには、この現象の解明が不可欠だったものの、それまで、そのメカニズムは明らかにされていませんでした。

「今回シミュレーションを行った材料がソフトマター(温度変化や外力で変化する物質)のゴムだったので、チャレンジングでした」。という梅野教授。金属やセラミックのハードマターを専門に研究してきたため、新しい挑戦でした。「シミュレーションを用いるアプローチが、ソフトマターの挙動解明に効果的だったと証明されたので、今後も生分解性プラスチックなどソフトマターの破壊を研究したい」。とのこと。

シンプルな数理モデルを発想

梅野教授の研究における主要なタスクは、シミュレーションを行う際に用いる単純な数理モデル用プログラムをゼロから作り出すことです。「私がやっているのはすごく単純なモデルで、小学生の夏休みの工作のようなものです(笑)。でも、単純でないと、どんな現象が起こっているのかを特定できません」。

ただ、どの数式をモデリングで使用するかは、頭を悩ませる問題です。発想は、自動車の運転中や、ピアノの演奏中、ゲレンデでスキーに興じているときなど、研究室以外で生まれることが多いそうです。

そのような発想をもとに出した研究成果も、注目を集めてきました。例えば、半導体の材料で、硬いが脆いという特徴があるシリコンを対象に、原子モデルを使ったシミュレーション(分子動力学)を用いて研究を行っています。現在までに、シリコン結晶に「へき開」(ある特定方向に割れやすい性質)や、「すべり」(原子配列が1つの原子面を境に上下両半が互いに移動すること)などの現象を確認したそうです。

また、2019年の研究においては、固体酸化物形燃料電池(燃料極と空気極の間に電解質を挟んだ構造で、水素や酸素を送ることで化学反応を起こし電気を発生させる装置)の反応を、原子レベルのモデルを使って解明しています。この結果は、同燃料電池の性能や耐久性の向上に寄与すると期待されています。

さらに、2021年4月には、研究テーマを「ナノ・マイクロ機械物理学」とし、マルチスケール解析やシミュレーションを駆使して、材料の強度や電気伝導性、磁性などの特性の本質に迫ることに重点を置いています。

梅野教授は、今後も一貫して基礎研究を続けたいと語ります。「我々がメカニズムを解明し、民間企業の研究者が専門知識を用いて製品の改良にあたります。非常に優秀です」。といい、応用は産業界に委ねるスタンスです。

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シリコンカーバイドにおける「結晶のすべり」のシミュレーション

マルチスケールシミュレーションを開発し、「疲労」の解明へ

梅野教授が現在注力するのは、材料のナノ・マイクロ領域で起こる「疲労」のメカニズム解明に向けてマルチスケールシミュレーションを開発することです。疲労は、材料に繰り返し負荷を与えることで起こる現象で、亀裂の発生や伝播、やがては破壊の原因になります。この研究は、科学技術振興機構の戦略的研究推進事業(CREST)のナノ力学研究領域の助成金を受けています。

「古い例で言いますと、金属疲労は日航機の墜落(1985年)の原因になっています。疲労は産業製品の問題の9割を占めていますが、ナノ・マイクロレベルでどのように亀裂が生まれるのかさえ分かっていないのが現状です」。機械学習を使い、演繹法(ボトムアップ)と帰納法(トップダウン)を融合させた新しいアプローチで、それぞれのアプローチの欠点を補い合うマルチスケールシミュレーションを可能にさせるといいます。

「私の目標は、ナノメートルから目に見えるスケールまで、本当の意味でのマルチスケールシミュレーションを行うことです。従来のマルチスケールシミュレーションは、各スケールのつながりが悪くて、ずれが蓄積してしまいます。材料科学の研究者にとっては究極の目標だと思いますが、達成までには長い時間が必要です」。

日々研究に邁進する梅野教授ですが、最も達成感を感じるのは、プログラム作成がうまくいった時だと言います。現在は、材料の力学的挙動を実験で把握するのが難しい領域でシミュレーションを行なっていますが、将来的には、この過程を逆にして、シミュレーションを行い、仮説を立てた上で実験して検証するのが究極のゴールだそうです。

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(記事執筆:(株)J-Proze 森 由美子)

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