ニュース
ニュース
プレスリリース
【記者発表】結晶はどのようにして姿を変えるのか

○発表者:
田中 肇(東京大学名誉教授/研究当時:東京大学 生産技術研究所 教授/現在:東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)

○発表のポイント:
◆複数の結晶形をとる物質において、1つの結晶形から他の結晶形に転移する新しい様式を発見した。
◆硬い結晶では外部からの強い変形が与えられて初めて、他の結晶への転移は起こるが、柔らかい結晶では、温度の変化により自発的に転移する新たな機構があることを発見した点が新しい。
◆固体から固体への変換に新たな道を拓くものであり、医薬品をはじめとするさまざまな材料の結晶制御への応用が期待される。

○発表概要:
 田中 肇 東京大学名誉教授(研究当時:東京大学 生産技術研究所 教授/現在:東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)、復旦大学のタン ペン 准教授、リー ミンフアン 大学院生、ユエ ゼンギュアン 大学院生、チェン ヤンシャン 大学院生、中国科学技術大学のトン フア准教授(研究当時:東京大学 生産技術研究所 特任研究員)の共同研究グループは、結晶から結晶への転移現象(結晶・結晶転移)が、どのような条件下で、またどのような機構で起きるのかを明らかにすべく研究を行った。炭素原子からなるダイヤモンドとグラファイトのように、多くの物質は複数の安定な結晶形をもつ(結晶多形)。身近な例として、固体医薬品の多くは複数の結晶形をもち、結晶多形間で溶解性や薬効、安定性などが大きく異なることが知られている。
 通常、鉄などの硬い結晶における固体から固体への転移(固体・固体転移)は、外部からの変形を与えた場合に既存の欠陥(注1)を起点として起こる。しかし、柔らかい結晶における結晶・結晶転移の様式については、ほとんど分かっていなかった。本研究では、荷電コロイド分散系(注2)を用いて、結晶・結晶転移の過程を粒子レベルで微視的に観察することにより、親結晶が十分柔らかい場合には温度の変化により自発的に転移が進行する様式が存在することを発見した。
 今回の発見は、結晶の柔らかさに依存した結晶・結晶転移の経路選択の物理的原理を明らかにするとともに、親結晶の柔らかさと欠陥を利用した固体・固体転移の制御という新たな可能性を拓くものと期待される。

○発表内容:
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授(研究当時)、復旦大学のタン ペン 准教授らの共同研究グループは、結晶多形をもつ系における結晶から結晶への転移現象が、どのような条件下で、またどのような機構で起きるのかを明らかにすべく研究を行った。
 通常、鉄などの硬い結晶における固体・固体転移(マルテンサイト変態;注3)は、巨大なひずみエネルギーを必要とするため、外部からの強い変形などによってのみ既存の欠陥を起点として起こると考えられてきた。しかし、結晶・結晶転移に伴うひずみエネルギーが界面自由エネルギー(注4)と同程度であるようなソフトな結晶において、どの程度までこのような様式が保持されるのか、あるいは、外力なしの条件下で、温度の変化などによる自発的な転移の実現が可能なのかについては、これまでほとんど分かっていなかった。
 これらの疑問を解決するためには、転移の動的な過程を微視的に観察することが不可欠である。しかし、電子顕微鏡などで、結晶・結晶転移について構造的な情報はある程度取得できるが、転移の動的な過程を捕捉することは時間分解能が足りず困難である。そこで、本研究では、大きさがミクロン程度の荷電コロイドの粒子を原子と見立て、その分散系を用いて、共焦点レーザ顕微鏡観察下で、面心立方格子(fcc)から体心立方格子(bcc)への転移を、摂動を与えることなく引き起こし、その場で一粒子レベルの3次元実時間観察を行った。コロイド系では、動的プロセスが著しく遅くなるため(注5)、動的過程の一粒子レベルでの観察が可能となる。この実験により、従来知られていたマルテンサイト変態の様式に加え、親結晶が十分柔らかい場合には温度の変化などにより自発的に転移が進行する様式が存在することを発見した。
 一様な結晶の領域内で熱的に誘起される転移の場合、結晶が十分柔らかく、親結晶の融点を超えない温度においても機械的に不安定化する状態が実現される。そのため、粒子の拡散による再配置を伴うことなく、機械的に1つの結晶から他の結晶への転移が進行することが可能となる(図1)。このような転移は、電気的な相互作用など、ソフトで長距離の相互作用を持つ系、例えば、高分子電解質や荷電タンパク質などの溶液の結晶、ソフトなポリマー結晶などで重要であると考えられる。
 結晶粒界の融解を伴う転移においては、結晶間の界面エネルギーが小さいことが必要である。この核生成様式は、やはり応力ではなく温度により誘起されるため、親結晶が柔らかく、結晶間転移の駆動力が大きい場合に重要となる。この機構が実現されるためには、結晶全体が融解する前に、温度上昇によって粒界が前駆的に融解すればよく、さまざまな物質において重要な過程であると考えられる。したがって、ソフトな系以外でも、高温に三重点(液体と2種類の固体の共存状態)を持つ物質においては、このような転移様式が見られると予想される。
 異物質との接触面を起点にした結晶成長に誘起された結晶・結晶転移も、結晶間界面エネルギーが小さいことが不可欠という意味で、上述の結晶粒界の融解を伴う転移に類似している。そのため、この様式もソフトな系に限らずさまざまな物質で見られる可能性がある。
 ソフトなコロイド結晶で発見されたこれらの3つの結晶・結晶転移の新たな様式が、固体・固体転移の物理的メカニズムの理論的理解を深めるとともに、拡散を伴わない結晶・結晶変換制御の新たな道を開き、固体薬品の結晶多形の制御など、さまざまな材料の結晶制御に広く応用されると期待される。

 本研究は、文部省科学研究費 基盤研究(A)(JP18H03675)、ならびに、特別推進研究(JP25000002, JP20H05619)の支援の下に行われた。

○発表雑誌: 
雑誌名:「Nature Communications」(6月30日版)
論文タイトル:Revealing thermally-activated nucleation pathways of diffusionless solid-to-solid transition
著者:Minhuan Li, Zhengyuan Yue, Yanshuang Chen, Hua Tong, Hajime Tanaka*, and Peng Tan*
DOI番号:10.1038/s41467-021-24256-9

○問い合わせ先: 
東京大学名誉教授
先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー
田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
E-mail:tanaka(末尾に@iis.u-tokyo.ac.jpをつけてください)

○用語解説:
(注1)欠陥
結晶において空間的な繰り返しパターンに従わない要素のこと。

(注2)荷電コロイド分散系
本研究では、電荷を帯びた大きさ2μm程度の大きさの揃った球形の固体粒子が液体に分散した系を用いた。

(注3)マルテンサイト変態
合金において結晶格子中の各原子が拡散を伴わずに協働的に移動することにより新しい結晶構造を持つ結晶形となる変態の総称(無拡散変態とも呼ばれる)。

(注4)界面自由エネルギー
 二つの相の界面近傍の原子は、一様な状態にあるそれぞれの相の内部にある原子より不安定な状態にあり、余剰の自由エネルギーをもつことになる。これを界面自由エネルギーという。

(注5)コロイド系での動的プロセス
一般に、粒子のダイナミクスは、粒子サイズの3乗に比例して遅くなるので、一万倍の粒子サイズ差は1012倍遅いダイナミクスをもたらす。

○添付資料:
図_田中研.png
図1:面心立方格子結晶(青い粒子)中に自発的に形成された体心立方格子結晶(赤い粒子)と界面(緑の粒子)。

※2021年10月22日:発表者の所属を修正しました

月別アーカイブ