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【記者発表】実際の腸とそっくり!管状の足場上で細胞を培養し、腸チップを作製~薬剤の吸収効率や腸炎などへの効果検証に応用可能~

○発表者:
松永 行子(東京大学 生産技術研究所 准教授)
中島 忠章(東京大学 生産技術研究所 特任助教)

○発表のポイント:
◆動力や特別な材料を使わず、管状のコラーゲンゲル上で腸上皮細胞を培養するだけで、腸のようなひだ状の構造を持った3次元(3D)の腸チップを作製する手法を開発しました。
◆この腸チップでは、生体の腸で見られるような局所的な細胞増殖や密集した微絨毛形成が確認されました。
◆この腸チップを用いると、炎症誘導剤で腸炎を模倣することができ、薬物の吸収効率を調べられることがわかりました。食品や経口薬は全てまず腸で吸収されるので、その吸収効率や腸への影響を、この腸チップを用いることで調べることができます。

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の松永 行子 准教授と特任助教の中島 忠章らの研究グループは、動力や特別な材料を使わず、管状のコラーゲンゲルの上で腸上皮細胞を培養するという非常に簡単な方法で、実際の腸のかたちに近い「腸チップ」を作製する手法を開発しました。
 食品や経口薬は全てまず腸で吸収されるので、その吸収効率や腸への影響を解析することは、その食品や経口薬の機能や毒性を検証するうえで非常に重要なステップです。従来、この試験方法はヒトの腸上皮細胞を2次元(2D)にプラスチック製のフィルターの上で平面的に培養し形成された、腸上皮シートを用いて行われてきましたが、その吸収効率や腸への影響は実際の腸とは異なるものでした。
 今回開発した腸チップには、凹んだ陰窩(いんか、 crypt)と呼ばれる細胞が増殖する部分と、突出した絨毛と呼ばれる物質を吸収する部分(注1)を含んだひだ状の構造を持っており、さらに細胞一つ一つの頂端部より生えている微絨毛が密集していることで、生体の腸のように3Ⅾに広い表面積を持っています(図1)。この広い表面積を活かして、2Ⅾのシート状構造より効率的に物質を吸収でき、さらに炎症誘導剤によって腸炎も模倣することができるため、より生体に近い形での食品や経口薬の吸収効率試験や腸への影響の解析に応用可能です。

○発表内容:
<研究背景>
 腸は口から摂取したものの中から必要なものを吸収する機能、不要なものが体内に取り込まれることを防ぐバリア機能、口からの細菌などの感染を防ぐ腸免疫機能、腸内フローラの維持など様々な機能を持ちます。また食品や経口薬が体内に取り込まれる際は、必ず腸で吸収されることから、食品や経口薬の機能や毒性を調べる上でも重要な組織です。その腸の機能を解析する上で従来用いられている試験方法は、ヒトの腸上皮細胞をプラスチック製のフィルター上に2Ⅾに培養して、腸上皮細胞で出来たシートを作製して解析していました。例えば吸収試験においては、その腸上皮シートの上から物質を添加し、下にどれくらい通過するかを解析します。しかし、実際の腸上皮は凹んだ陰窩と、突出した絨毛という立体構造をもっているため、2D腸上皮シートでは生体を反映する評価試験として不十分であると考えられていました。
 腸上皮の構造を模倣し、腸の機能を最大限発揮させる方法として、チップ上に細胞を3Dに配置して高次な組織の構造と機能を付与した培養システムである臓器チップ技術(注2)が期待されています。実際に、腸の蠕動動力を模倣した動力を用いて腸上皮細胞を培養したり、シルクの管の中で腸上皮細胞を培養したりすることで、ひだ状の構造が誘導されていますが、動力や特殊な材料を必要とするため簡便ではいえず、また3構造を持った上で2D腸上皮シートのような吸収試験ができる腸チップは開発されていませんでした。

<研究の成果>
 松永研究室において、管状のコラーゲンゲルの上で血管の細胞を培養することで「血管チップ」を作製することに成功していました。また生体の腸の形成過程においては、管状に足場が制限されることによって発生する応力(注3)によって腸上皮の立体構造が形成されることに着目し、管状のコラーゲンゲルの上で腸上皮細胞を培養することで、ひだ状の構造を誘導できると考えました。この腸チップを培養中に、光干渉断層撮影法を用いて非侵襲的に3D画像を取得したところ、培養16日目において2D培養では形成されなかったひだ状の構造を確認できました(図2左)。細胞が押し合う応力が強い際に細胞内に形成される、細胞質内のアクチンファイバーが3D培養においてのみ観察されたことから、このひだ状構造は生体のように細胞が押し合う応力によって形成されたと考えらえます。また通常、2D培養では上皮のシートが形成された場合は細胞増殖が停止しますが、このひだ状構造の凹んだ部分においては細胞増殖が盛んであり、実際の腸の陰窩(いんか、crypt)と同様の性質を持っていました(図2右)。さらに腸上皮細胞はその頂端部に微絨毛を形成しますが、3D培養した細胞において微絨毛が密集して林立して形成されていました。
 この腸チップ内におけるひだ状上皮で構成された管は、内腔(注4)からのみ溶液を添加することができるため、内腔からの腸のバリア機能と吸収機能を評価することができます。吸収されない物質が内腔から外側に漏出しなかったことから、この腸チップは完全なバリア機能を持っていることがわかりました(図3左)。腸炎の原因の一つとしてこのバリア機能の崩壊があり、内腔側より炎症誘導物質としてデキストラン硫酸ナトリウムを添加することで、腸炎の引き金となるバリア機能の崩壊を模倣できました。腸チップからの拡散での漏出がないことを確認したので、次に吸収される物質を内腔より添加して吸収量を測定したところ、2D培養と比較してその吸収量が劇的に増加しました(図3右)。このことは、吸収試験に 2D培養の腸モデルは不十分であり、本研究の腸チップを用いることで、従来よりも生体に近い試験を行うことができることを示しています。
 本研究は、東京大学と住友化学株式会社の共同研究として行われました。

○発表雑誌:
雑誌名:「Biomaterials Science」(2020年10月13日公開)
論文タイトル:A simple three-dimensional gut model constructed in a restricted ductal microspace induces intestinal epithelial cell integrity and facilitates absorption assays
著者:Tadaaki Nakajima, Katsunori Sasaki, Akihiro Yamamori, Kengo Sakurai, Kaori Miyata, Tomoyuki Watanabe, Yukiko T. Matsunaga.
DOI:10.1039/D0BM00763C

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
准教授 松永 行子(まつなが ゆきこ)
Tel:03-5452-6470
E-mail:mat(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
研究室URL:http://www.matlab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
注1) 陰窩と絨毛
 腸においては、凹んだ陰窩と呼ばれる領域で増殖した細胞が、突出した絨毛と呼ばれる部分に移動して、絨毛において物質や水の吸収が行われる。絨毛の細胞ではより吸収できる表面積を増やすために、頂端部にブラシ状の微絨毛が密集して生えている。

注2) 臓器チップ(organ-on-a-chip)
 さまざまな臓器の機能を模倣した微小組織を人工的にチップ上に組み上げたシステムの総称。細胞を3D的に配置し、生体の高次構造と機能を再現することを目的としている。病気の状態や薬剤の効果を評価するのに有効とされ、近年活発に研究・開発が進められている。

注3) 細胞にかかる応力
 胎児や新生児などの発生中の組織において、細胞は盛んに増殖している。単層の上皮細胞は重なり合うことできないため、もしその領域が制限されている場合、細胞増殖によって増えた細胞が互いの細胞を押し合い、横向きの応力が発生する。その際、細胞質の中にアクチンと呼ばれるタンパク質で構成されるファイバーが形成される。

注4) 内腔
 腸上皮の微絨毛が生えている側は腸管の内側であり、内側は内腔と呼ばれる空洞となっていて口と繋がっている。食べ物や水は腸管の内腔を通過し、腸上皮を介して体内に取り込まれる。バリア機能と吸収機能を評価する場合、内腔側と体内側を明確に分ける必要がある。本研究においてはゲル側が体内側となる。

○添付資料: 

図1:腸チップの作製と評価方法の概要図
 一般的な2次元 (2D) 腸モデルは、プラスチック製のフィルター上に平面的に腸上皮細胞を培養するが、3D腸モデルでは管状のゲル上で腸上皮を培養するだけで、実際の腸のようなひだ状の絨毛と陰窩が誘導され、その細胞にはブラシ状の微絨毛が形成される。これらモデルは腸のバリア機能評価と吸収試験に応用できる。


図2:腸チップにおける腸上皮の構造評価
 (左図) 光干渉断層撮影による非侵襲3D画像。管状のゲルを用いた3D培養では、ひだ状の構造が確認できる (白矢印)。(右図上段) 3D培養においてのみ、増殖が盛んな陰窩様領域が確認できる。(右図下段) 透過型電子顕微鏡による細胞の断面図。3D培養によって、細胞の頂端部に生える微絨毛が密に、林立して形成されている。


図3:腸チップを用いた炎症様現象の誘導と吸収試験
 (左図) 腸管腔内に蛍光標識した分子を流し、腸管外に漏れ出した様子を観察した結果。蛍光標識した分子の濃度をカラーマップ表示しており、白・赤色に近いほど濃度が高く、黒・紫色に近いほど濃度が低い。対照群では物質は漏れないのに対し、炎症誘導物質を添加した群では大きな漏れが確認できる。(右図) 2Dと3D腸モデルを用いた吸収試験の結果。3D腸モデルにおいて吸収量が多く、能動輸送阻害剤で抑制されていることより、拡散ではなく能動的に取り込まれていることがわかる。

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