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【記者発表】液体・液体相転移を解明する流体力学の理論モデルを確立

○発表者:
高江 恭平(東京大学 生産技術研究所 助教)
田中  肇(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント:
◆近年、純粋な物質の液体には1つの状態(液体相)しか存在しないという従来の常識に反し、構造の異なる2つの液体相が存在する可能性が指摘され、注目を集めている。今回、2つの液体相の間で行き来が起きる「液体・液体相転移」現象の流体力学理論を構築した。
◆液体・液体相転移を特徴づける液体中の局所的に安定な構造が、流れによりどのように輸送され、液体・液体相転移にどのような影響を与えるかを明らかにした点に新規性がある。
◆本研究は、局所構造の流れによる輸送が、液体の運動の特性に与える影響を明らかにするだけでなく、液体・液体相転移を流動により制御する上での指針を与えると期待される。

○発表概要: 
 液体状態は、気体・固体状態と並ぶ物質の三態の1つであるが、その物理的な理解は両者に比べ大きく遅れているのが現状である。近年、実験・シミュレーションにより、水をはじめとしたいくつかの物質においては、純粋な物質の液体相は1つしか存在しないという従来の常識に反し、単成分液体に2つ以上の液体相が存在する可能性が示された。異なる液体相の間で起こる転移現象は「液体・液体相転移」と呼ばれる。液体の最も大きな特徴は、その流動性であるが、液体・液体相転移の従来の理論的取り扱いには、流れの自由度は考慮されてこなかったため、その物理メカニズムの理論的解明、特に液体の流動性がこの転移現象にどのような影響を及ぼすのかについては、これまで明らかにされてこなかった。  
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、高江 恭平 助教の研究グループは、液体・液体相転移を特徴づける局所的な構造と液体の流動性との関係を、新たに考慮した理論モデルを提唱し、理論解析およびシミュレーションにより、局所的な構造のゆらぎとその流動が相転移ダイナミクスにおいて果たす役割を解明することに成功した。液体の相転移における流動の働きを明らかにするのみならず、外部から流動により相転移挙動を制御する理論的な指針を与えられる点で、実用上のインパクトも大きいと期待される。

 本成果は2020年2月10日(米国時間)の週にProceedings of the National Academy of Science of the United States of America誌(PNAS、米国科学アカデミー紀要)で公開される。

○発表内容:
 従来、液体は秩序のない乱雑な構造を持つと考えられ、そのため、純粋な一成分からなる物質には、1つの相しか存在しえないと考えられてきた。しかし近年、水や亜リン酸トリフェニルをはじめとしたいくつかの物質で、局所安定構造(注1)の形成に伴い異なる2つの液体相の間の相転移、すなわち液体・液体相転移が起こることが報告されてきている。この事実は、液体を記述するにあたって、これまで知られてきたような、液体の流動性に基づく流体力学のみでは不十分であり、局所安定構造の形成とそのゆらぎを取り入れた理論の必要性を示唆している。
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、高江 恭平 助教の研究グループは、この問題を解決すべく、局所安定構造の生成・消滅を伴う流体力学理論を構築し、理論解析および数値シミュレーションにより、液体・液体相転移において流体力学的輸送が果たす役割を解明することを試みた。まず、局所安定構造の生成および消滅それ自体はどこでも独立に起こり得る、すなわち、どこかに生成されたらどこかで同じだけ消滅しなくてはならないという保存則は存在しない。その結果として、液体の動的光散乱(注2)において、保存則を基礎とする流体力学だけでは説明不可能な特異なスペクトルが現れることを理論的に予測した。
 次に、2つの液体相の間で相転移が起こるとき、局所安定構造の形成に伴い両相で密度(あるいは体積)が変化する。流体力学によれば、密度の輸送のためには流動が必要である。そのため、液体相間の密度差に応じて、相転移に際して流動が必ず誘起され()、その結果、相転移が加速あるいは減速されることを、理論およびシミュレーションにより示した。このとき、液体・液体相転移には、熱力学的に準安定状態(注3)の液体から相転移が起こる核生成・成長(注4)型と、より低温での熱力学的に不安定な状態から相転移が進むスピノーダル分解(注5)型とに分類される。その両方の場合について、相転移のダイナミクスについてよく知られた古典理論から、流動性に起因したずれが生ずることをシミュレーションにより見出し、そのずれが局所安定構造の非保存性によるものであることを明らかにした。
 本研究により、液体・液体相転移を記述するための流体力学的理論が確立されたことで、液体のダイナミクスを記述するための基本的な概念として、局所安定構造の密度という新たな変数を導入することに成功した。この結果は液体・液体相転移を示す系のみならず、液体シリカやシリコンのように局所安定構造の動力学が支配的な系や、液体の結晶化を考察する際においても有効であると考えられ、液体における相転移の物理学を大きく進展されるものであるとともに、外部からの流動により相転移を制御する際の理論的な指針を与えることも可能になると期待される。

 本研究は、三菱財団、日本学術振興会 特別推進研究(JP25000002)、基盤研究(A)(JP18H03675)、および新学術領域研究ソフトクリスタル(JP17H06375)の支援を受けて実施した。シミュレーションの一部は東京大学物性研究所および京都大学基礎物理学研究所のスーパーコンピュータシステムを利用した。

○発表雑誌:
雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of AmericaPNAS、米国科学アカデミー紀要)」
論文タイトル: Role of hydrodynamics in liquid-liquid transition of a single-component substance
著者: Kyohei Takae and Hajime Tanaka
DOI:10.1073/pnas.1911544117

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
URL:http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)局所安定構造:
液体中に自発的に形成される局所的に好まれる構造。

(注2)動的光散乱:
液体にレーザー光を照射することでダイナミクスを測定する実験法。

(注3)準安定状態:
過冷却状態の水のように、熱平衡状態ではないが長時間安定に存在する状態。

(注4)核生成・成長:
過冷却水が氷になるように、準安定状態から安定状態が生成・成長すること。

(注5)スピノーダル分解:
液体を急冷したときなど熱力学的に不安定な状態から安定状態へと相転移が起こること。

○添付画像:

図:相転移過程における流動場の自発的な発生。準安定な液体状態(白色領域)から安定な液体状態(青色領域)が成長していく過程で、流動場(矢印)が発生している。両相の密度差に由来して、大きな縦流動場(液体の密度変化を伴う流動場)が誘起される(左図)一方、界面の運動による横流動場(液体の密度変化を伴わない流動場)は小さい(右図)。

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