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【記者発表】コロイドの結晶化に溶媒の運動は寄与するか? ~有力仮説を覆し、長年の未解決問題に手がかり~

○発表者:
田中 肇(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント:
◆コロイド(微粒子)系の結晶核形成頻度(注1)には、数値シミュレーションと実験の間に十桁にも及ぶ相違が見出されており、その有力な原因として、従来のシミュレーションに「溶媒の流れの効果が取り入れられていないため」という説があったが、その可能性を明確に否定した。
◆溶媒の流れを考慮してコロイドの結晶化をシミュレーションすることはこれまで困難であったが、独自のシミュレーション手法により、溶媒の運動はコロイドのブラウン運動(注2)にしか寄与せず、結晶核形成頻度にはほとんど影響しないことを明らかにした点に新規性がある。
◆物質の結晶化は、自然科学、材料科学分野で極めて重要な基本的な物理現象である。本成果は、結晶核形成頻度に関する長年の問題の解決に手がかりを与えるだけでなく、結晶化の定量的理論予測の実現のための有用な指針を与えた。

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、舘野 道雄 元博士課程大学院生(現 東京大学 大学院総合文化研究科 特任助教)、柳島 大輝 元特任研究員(現 英国Oxford大学 ポスドク)、John Russo 元特任助教(現 イタリアSapienza 大学 准教授)の研究グループは、直径nm~μm(ナノメートル~マイクロメートル)程度の大きさの微粒子(コロイド)が溶媒中に分散したコロイド分散系の中でも最も単純な系である「剛体球コロイド系」に関して、独自の数値シミュレーション手法(流体粒子動力学法)により、溶媒の運動がコロイドの結晶核形成頻度に与える影響を計算し、溶媒の運動を無視した従来のシミュレーション手法の結果と比較した。その結果、溶媒の運動によりコロイドのブラウン運動が遅くなるものの、ブラウン運動を特徴づける時間スケール(長時間拡散時間)を時間単位に取ることで、結晶核形成頻度は両者の間でほぼ完全に一致することが明らかとなった。本系では、実験・シミュレーション間に十桁を超える結晶核形成頻度の相違が指摘されており、溶媒の運動の寄与がその原因として有力と考えられてきたが、本研究により、この説は明確に棄却された。
物質の結晶化は、自然科学、材料科学分野で極めて重要な基本的な物理現象であり、その定量的理論予測が期待されているが、本研究は、その実現のための有用な指針を与えた。
 本成果は2019年12月20日(米国東部時間)に「Physical Review Letters」のオンライン速報版で公開された。

○発表内容:
 物質の結晶化のダイナミクスを理解することは、物質科学上の最重要問題のひとつであり、その基本的な理解、さらにはその理論予測は、半導体、金属、高分子、創薬から食品に至る幅広い分野で望まれている。コロイド分散系は、光学顕微鏡でその運動を1粒子解像度で詳細に観察できることから、結晶化をはじめとする物性物理学のモデル系として注目を浴びてきた。コロイド分散系の中でも最も単純な系である剛体球コロイド系に関して、数値シミュレーション結果と光散乱実験の結果の間に、十桁を超える結晶核生成頻度の相違が見出されており、長年の未解決問題となっていた。
 この乖離の原因を解明すべく、これまでに多くの理論的な研究が行われてきた。例えば、結晶核の形状や結晶多型に注目したもの、結晶核形成の前駆体が結晶核形成頻度に与える影響を調べた研究や重力やコロイドの粒径分散性といった実験の非理想性を考慮した研究などが挙げられる。その中でも有力視されていたのが、「溶媒の運動がコロイドの結晶化を促進する」という説である。しかしながら、これまでに関連する研究が2件発表されたものの、一方では結晶化を促進する、他方では結晶化を阻害するという相反する主張がなされており、混沌とした状況が続いていた。
 今回、東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、舘野 道雄 元博士課程大学院生(現 東京大学 大学院総合文化研究科 特任助教)、柳島 大輝 元特任研究員(現 英国Oxford大学 ポスドク)、John Russo 元特任助教(現 イタリアSapienza大学 准教授)からなる研究チームは、流体力学方程式の直接的な計算に基づく独自の数値シミュレーション手法(流体粒子動力学法:FPD法)を用いて、剛体球コロイドの結晶化のダイナミクス(図1)に関する研究を行った。この手法は、溶媒の運動の計算を、非圧縮性の流体力学方程式の直接的な計算に基づいて行うことから、恣意的な仮定を含まずに、第一原理的に数値シミュレーションを実行することが可能である。FPD法により得られた結果を、溶媒の運動の自由度を無視したコロイドのシミュレーション手法(ブラウン動力学法:BD法、分子動力学法:MD法)の結果と比較した。その結果、溶媒の運動が介在することにより、コロイドのブラウン運動が遅くなるものの、この運動を特徴づける時間スケール(長時間拡散時間)を時間単位に選ぶことにより、FPD法、BD法、MD法すべての結晶核形成頻度が、ほぼ完全に合致することが明らかとなった。このことから、実験・シミュレーション間の結晶核形成頻度の十桁にも及ぶ乖離の起源として、溶媒の寄与によるという説は棄却された。
 この結果は、上述の結晶核形成頻度に関する長年の問題の解決に手がかりを与えるだけでなく、タンパク質溶液系など、液体中で結晶化が進行する系における結晶化の過程の理解に大きく貢献するものと期待される。

○発表雑誌:
雑誌名:「Physical Review Letters
論文タイトル:Influence of hydrodynamic interactions on colloidal crystallization
著者:Michio Tateno, Taiki Yanagishima, John Russo and Hajime Tanaka
DOI番号:10.1103/PhysRevLett.123.258002

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
URL:http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)結晶核形成頻度
 結晶化の過程(図1)で、単位体積当たりに、ある閾値(臨界核サイズ)を超えるサイズの結晶核が形成される頻度を「結晶核形成頻度」と呼び、物質の結晶形成能を特徴づける代表的な指標として知られる。

(注2)ブラウン運動
 熱的に運動する溶媒分子との衝突により、より大きな微粒子がランダムに運動すること。

○添付資料:

図1 コロイドの結晶化の過程
 実際には、系の内部にはコロイドが密に詰まっているが、ここでは、結晶的な秩序を持つ粒子のみを可視化している。大きな球、小さな(白い)球はそれぞれ結晶的な粒子、その前駆体を示す。大きな球の色は、異なるタイプの結晶核を見分けるためにつけてある。初期過程では、液体的な乱雑な秩序を持つ粒子が大半を占めており、この中に規則正しく配列した粒子群(結晶核)が形成されては消失するというプロセスが繰り返される(左側の図)。しかし、いったん結晶核のサイズが臨界核サイズを超えると、結晶核は成長を続ける(中央および右側の図)。

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