ニュース
ニュース
プレスリリース
【記者発表】ロータリーエバポレーターのマクロな回転で分子の右巻き、左巻きを制御! ―生命のホモキラリティー起源の候補を高い再現性で初めて実証―

○発表者:
石井 和之(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント:
◆ロータリーエバポレーター(注1)のマクロな回転で、ねじれたキラル分子(注2)を合成することに成功した。
◆薄膜化することでキラルな分子を固定化し、マクロな回転の方向とナノスケールのキラル分子の"ねじれ"の関係性を高い再現性で実証した。
◆本研究成果は、キラルな触媒を用いずにキラル分子を合成する合成法やキラルな光学材料を調整する方法へと発展することが期待でき、医薬品や材料の開発に貢献することも期待される。また、生命のホモキラリティー(注3)起源を考える上での手がかりとなる。

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の石井 和之 教授、半場 藤弘 教授、黒羽 みずき 大学院生、南部翔平 大学院生、服部 伸吾 研究員(現:横浜市立大学 助教)、北川 裕一 大学院生(現:北海道大学 特任講師)、新村 和寛 大学院生、水野 雄貴 大学院生のグループは、ロータリーエバポレーターを使用して、フタロシアニン分子(注4)の単量体(注5)を含む溶液を濃縮することにより、キラルな触媒を用いずに、マクロな機械的回転に応じて、右巻きまたは左巻きにねじれたフタロシアニン キラル会合体(注5)を、高い再現性で合成することに成功した(図1)。会合体の"ねじれ"構造は分光測定により決定され、フラスコ内流体運動の"ねじれ"も計算することで、キラル誘起機構を提案した。
 分子は、その構造の鏡像と重ね合わすことができない性質(キラリティー)を示すことがあり、医薬品や材料の開発などにおいて極めて重要である。最近、マグネティックスターラーなどのマクロな機械的回転を使用した渦運動によって、超分子または高分子をねじってキラリティーを発現させる例が報告されており、生命のホモキラリティー起源の候補であることやキラルな触媒を用いない新たな合成法などの観点から注目を集めていた。一方、ロータリーエバポレーターのマクロな機械的回転を使用したキラル化合物の合成例も報告されていたが、再現性が低く、キラリティーを誘起する機構も不明であった。
 今回の発見は、マクロな機械的回転(~10-1m)とナノスケールの分子キラリティー(10-7~10-9m)に結びつけている点から(図2)、新しい科学分野となりえるだけでなく、生命のホモキラリティー起源を考える上での手がかりも提供している。さらに、キラルな触媒を用いずにキラル分子を合成する合成法やキラル光学材料へ調整する方法へと発展することが期待できる。
 本研究成果は10月31日(木)(中央ヨーロッパ時間)に、ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン版)に掲載された。

○発表内容:
背景
 分子は、その構造の鏡像と重ね合わすことができない性質を示すことがあり、これを分子のキラリティーと呼び、そのような分子をキラル分子と呼ぶ。アミノ酸には、D体、L体の鏡像異性体が存在するが、生物を構成するアミノ酸は、片方の鏡像異性体のL体のみである。これを生命のホモキラリティーと呼び、生命の起源に関わる未解決の難問である。また、分子のキラリティーは、医薬品や材料の開発などにおいて極めて重要であるため、キラルな触媒を用いた不斉合成(片方の鏡像異性体を選択的に合成すること)が数多く実施されており、更なる研究開発も盛んに行われている。
 渦運動は本質的にキラルであるが、スケールの違いにより、マクロな渦運動はナノスケールの分子のキラリティー(10-7~10-9m)には影響を与えないと考えられてきた。最近、マグネティックスターラーなどのマクロな機械的回転(~10-1m)を使用した渦運動によって、超分子または高分子をねじってキラリティーを発現させる例がいくつか報告されており、①地球の回転運動によって引き起こされる渦運動(コリオリ力)が生命のホモキラリティー起源の候補の一つであること、および②キラルな触媒を用いない新たな不斉合成法などの観点から注目を集めている。しかしこれらは、超分子やポリマーにキラルな"ねじれ"を与えることに相当し、キラル化合物を合成する方法ではなかった。一方、ロータリーエバポレーターのマクロな機械的回転を使用して、キラルではない分子の溶液を濃縮することにより、キラル会合体を合成した例も報告されてはいたが、①再現性が低いこと、②分子のキラリティーを誘起する機構が不明であったこと等から、マクロな機械的回転を使用して、ナノスケールのキラル化合物を合成することは、挑戦的な課題であった。

ロータリーエバポレーターの機械的な回転を用いてキラルな超分子を合成することに成功
 本研究グループは、ロータリーエバポレーターにより、フタロシアニン分子の単量体を含む溶液を濃縮することにより、キラルな触媒を用いずに、マクロな機械的回転に応じて、右巻きまたは左巻きにねじれたフタロシアニン キラル会合体を、高い再現性で合成することに成功した(図1)。ここで、合成されたキラル会合体は、溶媒を完全に除去することで固定化されている。会合体の"ねじれ"構造は、円偏光二色性分光測定により決定され、フラスコ内流体運動の"ねじれ"も計算することで、キラル誘起機構を提案し、その機構をマグネティックスターラー実験によっても確認した。
 今回の発見は、マクロな機械的回転(~10-1m)とナノスケールの分子キラリティー(10-7~10-9m)に結びつけている点から(図2)、新しい科学を開拓しているだけでなく、生命のホモキラリティー起源を考える上での手がかりも提供している。さらに、キラルな触媒を用いずにキラル分子を合成する合成法やキラルな光学材料を調整する方法へと発展することが期待できる。

○発表雑誌:
雑誌名:ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン版:10月31日)
論文タイトル:Chiral Supramolecular Nanoarchitectures from Macroscopic Mechanical Rotations: Effects on Enantioselective Aggregation Behavior of Phthalocyanines
著者:Mizuki Kuroha, Shohei Nambu, Shingo Hattori, Yuichi Kitagawa, Kazuhiro Niimura, Yuki Mizuno, Fujihiro Hamba, and Kazuyuki Ishii*
DOI番号:10.1002/anie.201911366

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所 物質・環境系部門
教授 石井 和之(いしい かずゆき)
〒153-8505 東京都目黒区駒場4-6-1
TEL&FAX: 03-5452-6306
URL: http://www.k-ishiilab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)ロータリーエバポレーター
 溶媒を除去(留去)するために一般的に用いられる蒸留装置である。 フラスコを回転させることによって蒸発の効率を高めるとともに、突沸を防ぐ効果もある。

(注2)キラル分子
 分子構造が、その鏡像と重ね合わすことができない性質を分子のキラリティーと呼び、そのような分子をキラル分子と呼ぶ。キラル分子は、ちょうど右手と左手のように互いに鏡像である1対の立体異性体を持ち、これらは互いに鏡像異性体であるという。アミノ酸や糖では、D体、L体の鏡像異性体が存在する。

(注3)生命のホモキラリティー
 生物におけるアミノ酸はL体のみ、糖はD体のみであることを生命のホモキラリティーと呼び、その起源は未解明である。現在、①地球の自転運動による渦運動(コリオリ力)、②円偏光を用いた光化学反応、③磁気キラル二色性を用いた光化学反応の3つが、生命のホモキラリティー起源の候補となっている。

(注4)フタロシアニン
 さまざまな場面で利用されている青・緑色の染料・顔料であるとともに、多様な応用の観点(光記録媒体、光伝導体、太陽電池、光がん治療など)からも注目される光機能性分子である。

(注5)単量体と会合体
 同じ分子が集合することを会合と呼び、その集まりを会合体と呼ぶ。集合していない分子を単量体と呼ぶ。

○添付資料:

図1 ロータリーエバポレーターの回転方向に依存してねじれた会合体を合成


図2 ロータリーエバポレーター、流体運動、フタロシアニン分子会合体構造などの大きさの比較

月別アーカイブ