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【記者発表】ミレニアム開発目標(MDGs)の飲料水課題は、なぜ達成されたのか

○発表者:
福田 紫瑞紀(株式会社 TEC インターナショナル)
乃田 啓吾(岐阜大学 応用生物科学部 助教)
沖 大幹(東京大学 生産技術研究所 教授/国連大学 上級副学長)

○発表のポイント:
◆国連が定めた「ミレニアム開発目標(MDGs)」の飲料水課題は、史上初めて達成された世界目標だった。
◆国際的な開発目標の達成には、すべての参加国のモチベーションを維持する「水準」と、適切に進捗を把握できる「評価手法」の設定が必要である。
◆MDGsの飲料水課題達成には、中国とインドでの経済発展に伴う水インフラ整備の貢献が大きかった。2015年から始まった「持続可能な開発目標(SDGs)」でも、経済発展と飲料水へのアクセス率の向上は、相乗的に進捗すると期待される。

○発表概要:
 2001年に策定されて2015年まで取り組まれていた、国連のミレニアム開発目標(MDGs、注1)に続き、現在は持続可能な開発目標(SDGs、注2)が進行中である。MDGsの課題の1つに、「安全な飲料水を持続的に利用できない人々の割合を半減する」があった。この人口の割合は、1990年の24%から2015年には9%へと低減し、他の多くの課題が未達成で終わるなか、飲料水課題は達成された(図1)。
 この達成などから得られる教訓を、現在進行中のSDGsの達成に役立てるため、本研究では、百数十編に及ぶ膨大な文献を調査し、半世紀以上に及ぶ水問題解決に向けた国際的な目標の経緯を追跡した。その結果、MDGsが史上初めて達成された飲料水に関する世界目標であることが分かった。また、達成された理由として、「半減」という現実的な目標を掲げた点と、「改善された水源の利用」という適切な評価指標を用いた点、そして、中国とインドの貢献が大きかった点を明らかにした。また、この2か国を除くと半減目標は達成されなかったものの、ほとんどの国において、経済と飲料水へのアクセスが同時に向上しており(図2)、SDGsにおいても、経済発展に伴う水インフラの整備が、飲料水へのアクセスの向上を促すことが期待される。
 この研究成果は2019年4月15日(英国時間)に「Nature Sustainability」(オンライン版)に掲載された。

○発表内容:
<背景>
 2001年に策定されて2015年まで取り組まれていた国連の開発目標、MDGs(Millennium Development Goals)の後継として、2015年にSDGs(Sustainable Development Goals)が採択された。SDGsは日本社会でも市民権を得つつあるが、2030年までの達成は非常に挑戦的である。
 MDGsの飲み水に関する目標は、MDGsで達成された数少ない目標のひとつであり、いかに達成されたかを解明することは、SDGsの達成に向けた取り組みに役立つはずである。しかし、その経緯は国連から公表されたものの、「なぜ、どのようにしてMDGsの飲料水課題は達成されたのか」についての詳しい報告例はこれまでになかった。

<研究の成果>
 本研究チームは、国連報告書や学術論文など百数十編に及ぶ膨大な文献調査をし、MDGsに限らず、水問題解決に向けた国際的な目標の半世紀以上に及ぶ経緯を追跡した。その結果、飲み水へのアクセスを増やす国際的な取り組みは数々行われてきたが、飲み水に関する目標が達成されたのは、MDGsが初めての事例だったことが分かった。 
 達成された理由は下記と考えられる。

1)現実的な目標と適切な評価方法が設定された点
 MDGsでは「安全な飲料水を持続的に利用できない人々の割合を半減する」という目標が掲げられた。「半減」という現実的な目標を掲げ、「改善された水源を利用しているかどうか」という指標が用いられたことが、達成できた大きな理由である。
 厳密には「安全な」飲み水かどうか、持続可能かどうかに関しては疑問も残るが、改善された水源を指標としたことにより、達成に向けた努力が報われたと関係者が感じたと考えられる。

2)中国とインドの経済発展に伴う水インフラの整備
 改善された水源にアクセス可能な人口の増大の内訳は、中国(特に都市部)とインド(特に地方部)がほぼ半数を占めていた。中国とインドを除外して計算すると、改善された水源にアクセスできない人口割合は、1990年の18.6 %から2015年の11.4 %と減ったものの、半減には至らず、MDGsの飲料水課題は達成されなかったことになる。
 中国やインドで増大した理由は、経済発展に伴う水インフラ整備と考えられる。改善された水源にアクセス可能な人口割合は、1人当たりの実質国内総生産(GDP)の対数と統計的に有意な相関関係を持つことが今回明らかになった。1990年から2015年にかけて、ほぼすべての国で「改善された水源にアクセス可能な人口割合」も「1人あたりGDP」も増大した。

<科学的、社会的、政策的意義>
(科学的意義)ほとんどの国において、ミレニアム開発目標期間を含む1990年から2015年の経済と飲料水へのアクセスが同時に向上したことを示した。
(社会的意義)これは発展途上国と開発援助機関の努力が報われたことを意味し、持続可能な目標の達成に向けて各国でモチベーションが維持されることが期待される。
(政策的意義)今後も国際的な開発目標では、すべての参加国のモチベーションを維持する水準と、適切に進捗を把握できる評価手法の設定が重要である。

 MDGsの「安全な飲料水を持続的に利用できない人々の割合を半減する」から、SDGsでは理想主義的な「すべての人々の、安全で安価な飲み水への普遍的かつ平等なアクセスを達成する達成する(100%目標)」へと高くなった。また、「改善された水源を利用している人口割合」から「安全に管理された飲料水サービスを利用している人口割合」という指標が用いられるようになり、達成のハードルも上がった。
 MDGsでは、「改善された水源にアクセスできる人口割合」は2015年には92%に達したが、改善された水源が自宅にあって利用したい時にいつでも使え、糞便や主要な化学物質の汚染がない「安全に管理された飲料水サービスを利用している人口割合」は71%に過ぎない。その差にあたる人々は、改善された水源を使えるが30分以内(17%)あるいはそれ以上(4%)の水運びを余儀なくされていて、残りの人々は改善されていない水源か、川や池などの表流水をそのまま利用している。
 SDGsで新たな評価軸を導入した背景には、より本来の趣旨に即した指標を利用可能にするとともに、達成目標に近づきすぎた指標の継続使用によって追加的な努力が不要であるかのような印象を与えてしまうのを防ぐ効果が期待されていると思われる。

○発表雑誌:
雑誌名:「Nature Sustainability
論文タイトル: How Global Targets on Drinking Water were Developed and Achieved
著者: Shizuki Fukuda, Keigo Noda and Taikan Oki*(* Corresponding author)
DOI番号: 10.1038/s41893-019-0269-3

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 沖 大幹(おき たいかん)
Tel:03-5452-6382
URL:http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/indexJ.html

岐阜大学 応用生物科学部生産環境科学課程環境生態科学コース
助教 乃田 啓吾(のだ けいご)
Tel:058-293- 2845

○用語解説:
(注1)ミレニアム開発目標:
 2000年から2015年に取り組まれた国連の開発目標。

(注2)持続可能な開発目標:
 2016年から2030年にかけて取り組んでいる国連の開発目標。

○添付資料:
図1の拡大画像
図1 国際的な飲み水目標とアクセス率の沿革(左上:都市部、右上:農村部、左下:全体)。目標が達成されそうになると引き上げられ、目標と現実の乖離が大きい場合には引き下げられた。MDGsの半減目標は、達成可能性を考慮した現実的な設定であった。

図2の拡大画像
図2 地域ごとの飲み水アクセス率の変化(1990年―2015年)。緑または赤の横棒はそれぞれの地域でのMDG目標値を示し、緑は目標達成、赤は未達成を示す。


図3 1990年から2015年での一人当たりGDPの変化(経済成長、横軸)と飲料水にアクセス可能な人口割合(縦軸)の関係。ほとんどの国において、GDPと飲料水へのアクセスが同時に向上した。

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