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【記者発表】血管内皮の機能を総合的に評価できる「血管チップ」を開発 ~分泌因子EGFL7の機能解析に成功~

○発表者
松永 行子 (東京大学 生産技術研究所 准教授)
薄葉 亮  (東京大学 生産技術研究所 大学院生)

○発表のポイント
◆血管内皮の機能を総合的に評価できる、手のひらサイズの血管チップを作製しました。
◆血管内皮で分泌されるたんぱく質EGFL7は、血管の新生に必要であり、内皮細胞どうしの結合を強固にし、血管の透過性を調節していることが分かりました。
◆網膜症やがんなどでは、血管の新生や血管の透過性が高まることが知られており、これらの現象が治療の標的として注目されています。血管チップによって、疾患メカニズムの解明や創薬研究が加速することが期待されます。

○発表概要
 東京大学 生産技術研究所の松永 行子 准教授と大学院生の薄葉 亮らの研究グループは、ヒトの血管内皮細胞を手のひらサイズのチップの中で培養し、微小血管構造を人工的に作り上げた「血管チップ」を作製しました(図1) 。さらに、このチップを用いて血管内皮ではたらく因子の機能を調べ、血管チップが、血管内皮の機能を総合的に評価できる系であることを実証しました。
 網膜症・がんなどの血管関連疾患では、血管新生(注1)や血管の透過性の亢進が頻繁に見られます。有効な治療法を探索するために、これらの現象のメカニズムや関連する分子の機能解明が求められてきました。
 今回解析したたんぱく質EGFL7は、血管新生が活発な組織で発現が上昇することが既に知られていました。その発現を抑えた血管チップを作製したところ、血管の新生が抑制され、透過性が亢進し、内皮細胞間の結合が弱くなっていることが分かりました(図2図3)。
 本研究は、EGFL7の機能を明らかにするとともに、血管チップが血管内皮の総合的な機能解析に有用であることを示しました。血管チップによって、血管関連疾患の原因解明や創薬研究が加速することが期待されます。

○発表内容
<研究背景>
 炎症組織やがん組織は、周囲に血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などのタンパク質を分泌し、血管の再構築を誘導します。そのため、網膜症・がんを始めとした種々の血管関連疾患の治療では、異常な血管新生や透過性亢進を伴い、これらの血管の再構築を抑制する薬剤が有効です。そこで、血管新生や血管透過性亢進に関わる分子は疾患メカニズム解明や創薬標的探索の対象となっています。血管新生が活発な組織で発現が上昇する血管内皮分泌因子の一つにEGFL7が知られています。EGFL7は、血管構造が再構築されている部位で発現上昇が見られ、がん組織での発現上昇も見られています。これまでに血管新生を促進する作用が報告されていました。しかしながら、EGFL7の機能にはまだ不明な点が残されていました。
 血管内皮機能を評価するためには、動物実験や細胞レベルでの実験が行われてきました。動物実験では、ヒトとの違い、細胞レベルでの観察が困難な点、倫理問題が課題です。一方、一般的に用いられている平面上での細胞培養実験では血管という管状の性質を十分に再現できていないという課題がありました。この課題を解決する方法として、チップ上に細胞を三次元的に配置して高次な組織の機能を模した培養システムである臓器チップ技術(注2)が期待されています。臓器チップ技術を利用してヒト血管内皮細胞を実際の血管のように管状に培養した血管チップであれば、ヒト血管の機能をより詳細に解析することが可能となります。

<研究の成果>
 本研究ではEGFL7の発現を低下させた血管モデルを作製して、血管内皮の機能を評価しました。微小な血管構造を作製するため、シリコーンゴムの一種ポリジメチルシロキサン(PDMS)で微小流路チップを作製しました。PDMSチップに微小な針(直径200マイクロメートル)を通してコラーゲンゲルを入れ、針を引き抜くことで微小な流路を形成します(図1)。RNA干渉(注3)によりEGFL7発現を低下させた血管内皮細胞を用意し、コラーゲンゲル内の微小流路に導入して培養することで、EGFL7発現低下血管を作製しました。このように作製した血管チップは詳細な顕微鏡観察を行うことができます。作製した血管チップに対してVEGFを添加により血管新生を誘導したところ、EGFL7発現低下モデルでは有意に血管新生が抑制されました(図2上段)。遺伝子発現解析を行うと、血管新生に関連する遺伝子の発現が増減しており、EGFL7欠如が血管新生のシグナル伝達経路(注4)を乱した結果として血管新生の抑制が起きることを確かめました。
 血管チップでは、血管新生以外の血管機能も評価できるため、次に透過性に着目しました。その結果、EGFL7の発現低下により血管透過性が亢進し、血管内皮の恒常性が乱れることを観察しました(図2下段)。このメカニズムを検討するため、透過性調節を担う細胞間結合を検証しました。血管内皮細胞が持つ細胞間結合分子である血管内皮カドヘリンの発現パターンを顕微鏡観察により詳細に解析すると、正常な血管と比較して結合が弱まっていることが確かめられました。そこで、血管内皮カドヘリンにどのような作用があるのか検証したところ、EGFL7が血管内皮カドヘリンの機能調節に必要なリン酸化を制御していることを明らかにしました。血管内皮カドヘリンは血管新生にも関与していることが知られており、血管チップを使用することで、血管内皮の機能を総合的に評価できるようになり、これまでの実験手法では焦点が当てられなかった部分の観察が可能にしました。
 血管チップを作製してEGFL7の評価を行ったことで、これまで判明していなかった血管内皮の恒常性への作用を含め、血管機能への効果を幅広く評価することに成功しました(図3)。血管チップは、血管内皮の総合的な機能評価を可能とし、疾患メカニズム解明や創薬研究を加速させるツールとして有用であることを実証しました。

 本研究は、東京大学とフランス国立科学研究センター(CNRS)の日仏国際共同研究組織LIMMSの在仏研究拠点SMMiL-E(スマイリー)プロジェクトとして行われました。

○発表雑誌
雑誌名:「Biomaterials」(オンライン版:2019年1月14日公開)
論文タイトル: EGFL7 regulates sprouting angiogenesis and endothelial integrity in a human blood vessel model
著者: Ryo Usuba, Joris Pauty, Fabrice Soncin and Yukiko T. Matsunaga
doi: 10.1016/j.biomaterials.2019.01.022

○問い合わせ先
東京大学 生産技術研究所
准教授 松永 行子(まつなが ゆきこ)
Tel: 03-5452-6470
研究室URL: http://www.matlab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説
注1)血管新生
 既存の血管から新たな血管枝が分岐して新たに血管が形成される生理現象。病的血管新生は、がんや糖尿病性網膜症の際に観察され、病態の悪化につながる。

注2)臓器チップ(organ-on-a-chip)
 さまざまな臓器の機能を模した微小組織を人工的にチップ上に組み上げたシステムの総称。細胞を三次元的に配置し、生体の高次機能を再現することを目的としている。病気の状態や薬剤の効果を評価するのに有効とされ、近年活発に研究・開発が進められている。

注3)RNA干渉
 人工的にRNAを細胞内へ導入し、任意の遺伝子の発現を抑制する手法。

注4)シグナル伝達経路
 細胞が、細胞外からの刺激を感知して応答するために、受け取った刺激をシグナルとして伝達していくための定まった経路。細胞内外のシグナル分子の反応によって情報が次々に伝えられる。

○添付資料

図1:血管チップの作製方法


図2:血管新生抑制・透過性亢進の結果画像
 (上段)微小血管に血管新生を誘導した際の明視野顕微鏡観察像。(下段)血管内に蛍光標識した分子を流し、血管外に漏れ出した様子を観察した結果。蛍光標識した分子の濃度をカラーマップ表示しており、白・赤色に近いほど濃度が高く、黒・紫色に近いほど濃度が低い。


図3:血管チップで観察した現象のまとめ
 EGFL7の発現を抑制することで、血管新生抑制、透過性亢進、血管内皮恒常性の欠如に加え、異常な突起構造、免疫細胞接着数の増加なども観察された。

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