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【共同発表】血液や尿から簡単に癌の診断マーカーを検知 ~小規模なかかりつけ医院などでの診断を目指して~(発表主体:神奈川県立産業技術総合研究所)

○ポイント
◆血液や尿などに含まれる特定の微量のマイクロRNAを検知する技術を開発した。
◆簡単な手順:体液を加熱して検査チップに滴下し、電気信号の有無を確認するのみ。
◆高い選択性:100万種のマイクロRNAの中から配列特異的に標的を検知。

○概要
地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所(神奈川県海老名市、理事長 馬来 義弘)の藤井 聡志 研究員は、国立大学法人 東京大学 生産技術研究所(東京都目黒区駒場、所長 岸 利治)の竹内 昌治 教授と共同で、血液や尿から癌の診断マーカーであるマイクロRNAを簡便に検知する技術を開発しました。

マイクロRNAは血中や尿中に含まれており、ある配列のマイクロRNAは癌患者で増減していることが知られています。このため、特定のマイクロRNAをモニタリングすることで癌の早期診断が可能になると言われています。

共同研究グループは、こうしたマイクロRNAを血中および尿中から簡単な手順で検知する技術を開発しました。本技術では、採取した血液や尿を加熱処理(98度で2分)した後に反応液と混合し、検査チップに滴下するのみでマイクロRNAの有無を診断します。反応液中では、1)標的のマイクロRNAがDNAに捕捉され、2)酵素反応によってアルファ-ヘモリシン(電気信号発生因子)が遊離されます。3)アルファ-ヘモリシンはチップ中に形成された脂質二重膜に小孔を開け、電気信号を発信します(図参照)。本技術は、100万種のマイクロRNAの混合物の中から標的配列のマイクロRNAを特異的に検知することが可能です。また、ヒトの血液および尿中に混合した標的配列のマイクロRNAを検知することに成功しました。

本研究成果は、2018年8月9日(木)(米国東部時間)にアメリカ化学会Analytical Chemistry誌に掲載されました。

○研究の背景
マイクロRNAは4種類の核酸塩基がおおよそ22個ほど鎖状に連なった短いRNAです。ヒトの場合、塩基の配列が異なるマイクロRNAが数千種類ありますが、その一部は癌の発症に伴い体液中(血中や尿中など)の濃度が増減することが知られています。癌の進行ステージや癌の種類によって増減するマイクロRNAの種類が異なり、特定のマイクロRNAをモニタリングすることで様々な種類の癌を個別に早期発見することが可能になると言われています。しかし、これまでのマイクロRNAの測定では体液サンプルからマイクロRNAを精製・標識する必要があり、専門技術や煩雑な装置が必須でした。

地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所人工細胞膜システムグループの藤井聡志研究員と、国立大学法人東京大学生産技術研究所の竹内昌治教授は、共同でヒトの体液中に含まれる特定のマイクロRNAを簡便に検知するシステムを研究開発してきました。

○研究の成果
共同研究グループは、癌の早期診断を目的としてマイクロRNAを血中および尿中から簡単に直接検知する技術を開発しました。本技術では、まず採取した血液や尿を98度で2分加熱処理し、体液に含まれる様々な酵素などを失活(注1)させます。加熱処理は、マイクロRNAを封入するエクソソームと呼ばれる小胞を破壊する効果もあり、マイクロRNAの検知を容易にします。次に反応液と混合し、磁石が装着された検査チップに滴下します(図1)。反応液には磁性ビーズが含まれており、チップ上の磁石に引き寄せられて集積します。磁性ビーズ表面には、標的マイクロRNAと特異的に結合するDNAが付加してあります。標的マイクロRNAがサンプル中に存在するとDNAと結合して2本鎖が形成されます。すると、反応液の中に含まれるDNA切断酵素が2本鎖を作ったDNAだけを切断し、マイクロRNAと結合したDNAを磁性ビーズから遊離させます。一方でDNAの一端にはアルファ-ヘモリシンと呼ばれる特殊な膜タンパク質が結合しています(注2)。磁性ビーズから遊離したDNAとアルファ-ヘモリシンが、チップ中に形成された脂質二重膜に融合することで、電気信号が発信されます(図2)。マイクロRNAは別のDNAとの結合を繰り返しDNAの遊離を引き起こすため、信号が増幅する機構となっています。チップの中で脂質二重膜を形成する技術は本共同研究グループがコア技術として開発してきた液滴接触法(注3)を用いています。以上の過程を経て本技術は体液中の標的マイクロRNAの有無を検知します(図2)。


図1 本技術の検査チップの拡大写真。反応液を滴下する窪みがあり、その横に磁石が配置されています。


図2 本技術のマイクロRNA検知機構。マイクロRNAは磁性ビーズ上のDNAと結合します。次にDNA切断酵素がDNAを切断します。切断されたDNAに付加されたアルファ-ヘモリシンが脂質膜に融合することで電気信号を発信します。

本技術は100万種のマイクロRNAの混合物の中から標的配列のマイクロRNAを特異的に検知することが可能です。また、ヒトの血液および尿中に混合した標的配列のマイクロRNAを検知することに成功しました。

○社会に対する成果の還元、今後の展望
本技術を用いると、体液サンプルを加熱して反応液を混合した後にチップに滴下するという、ごく簡便な操作でマイクロRNAが検知でき、専門技術がなくともマイクロRNAによる癌診断ができるようになると考えています。検知チップと電気信号を測定する装置はいずれも小型で携帯可能です。本技術により高度な医療現場に限らず、自宅や小規模なかかりつけ医院などでも癌診断が可能になると期待されます。今後は、本技術の改良を重ね、様々な癌の診断手法を提案して実用性を向上させていきます。

○発表雑誌
雑誌名:アメリカ化学会Analytical Chemistry誌
論文タイトル:Purification-Free MicroRNA Detection by Using Magnetically Immobilized Nanopores on Liposome Membrane
著者:S. Fujii, K. Kamiya, T. Osaki, N. Misawa, M. Hayakawa, and S. Takeuchi
DOI番号:10.1021/acs.analchem.8b01443

○問い合わせ先
東京大学 生産技術研究所
教授 竹内 昌治(たけうち しょうじ)
Tel:03-5452-6650 Fax:03-5452-6649
研究室URL:http://www.hybrid.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語
注1 失活:
酵素などのタンパク質の機能が失われる現象です。本技術では熱処理によって血中や尿中に含まれる酵素を失活させることで、反応液中でのDNA切断酵素の反応を優位に引き起こすことに成功しました。

注2 アルファ-ヘモリシン:
脂質二重膜に組み込まれる膜タンパク質の1種です。脂質二重膜に組み込まれると1.5ナノメートルの最狭部を持つ小孔を膜に形成します。この小孔はイオンを透過させるため、イオン電流が発生します。本技術ではリポソームと呼ばれる脂質二重膜小胞にアルファ-ヘモリシンを組み込み、リポソームを介してDNAと結合させています。

注3 液滴接触法:
脂質分子が平面に配位した、人工的な細胞膜(脂質二重膜)を形成する技術です。具体的には脂質分子が分散した油層を調製し、その中に水滴を2つ作成して接触させます。すると水滴が接した界面では脂質分子が平面的に集合して脂質二重膜を形成します。本技術では脂質二重膜を介して流れる電流を測定しており、アルファ-ヘモリシンの小孔形成の有無を電気的に検知するシステムを構築しています。

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