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【記者発表】ナノ構造の右巻き、左巻きを光で作り分け ~回折限界を超えた光ナノ加工技術を開発~

○発表者
立間 徹  (東京大学 生産技術研究所 教授)
齋藤 滉一郎(東京大学 生産技術研究所 大学院生(当時))

○発表のポイント
◆右巻きと左巻きのナノ構造を、右巻きと左巻きの円偏光で簡単に作り分ける技術を開発しました。
◆リソグラフィー法などを使わないため、短時間で、安価に、大面積の構造を作れます。
◆ナノ構造はプラズモン共鳴を示すため、3次元ディスプレイに使う円偏光発光、アミノ酸など生体分子のL体とD体を区別するセンサ、L体とD体を作り分ける光触媒、光を自在に曲げるメタマテリアルなどへの応用が期待されます。

○発表概要
東京大学 生産技術研究所の立間 徹 教授と齋藤 滉一郎 大学院生(当時)は、右巻きと左巻きのナノ構造を、右巻き、左巻きの円偏光(注1)で簡単に作り分ける技術を開発しました(図1)。それぞれ、強いキラリティ(注2)を示します。
酸化チタンの上に直方体の金ナノ粒子を載せ、円偏光を照射すると、プラズモン共鳴(注3)によって、光の偏りが生じます(図2)。光がより強くなった部位で、鉛イオン(Pb2+)が酸化鉛(PbO2)に酸化され、析出します。酸化鉛はプラズモン共鳴を強調する特性があるため、プラズモン共鳴にもねじれの特性が与えられます。その結果、右円偏光に応答するナノ構造と、左円偏光に応答するナノ構造を作り分けることができます(図3)。
光による加工は、「回折限界(注4)」と呼ばれる限界に阻まれ、通常は、用いる光の波長よりも細かい細工はできません。これに対して本技術では、プラズモン共鳴によって波長の1/10以下の狭い領域に光を閉じ込めることで、回折限界を超えたナノ加工を実現しました。
右巻きや左巻きのナノ構造は、3次元ディスプレイに使う円偏光発光、アミノ酸など生体分子のL体とD体を区別するセンサ、L体とD体を作り分ける光触媒、光を自在に曲げるメタマテリアルなどへの応用が期待されます。



図1 右円偏光 (RCP) と左円偏光 (LCP) による、ナノ構造の作製原理。



図2 (a, b) 直方体ナノ粒子と、(c, d) 左円偏光を照射して作製したナノ構造に、(a, c) 左円偏光と (b, d) 右円偏光を下側から当てたときの、光の偏り方。
シミュレーションによる計算結果。赤色になるほど、光が強く偏っている。



図3 右円偏光 (RCP) と左円偏光 (LCP) により作製したナノ構造。

○発表内容
<研究の背景>
数ナノメートル~数百ナノメートル程度の金や銀などのナノ粒子は、プラズモン共鳴と呼ばれる性質により、特定の波長の光を捕捉したり、散乱したりします。例えば、ステンドグラスにも金や銀のナノ粒子が含まれ、それらが光を吸収するため、多彩な色を示します。ナノ粒子がプラズモン共鳴によって光を捕捉する性質は、太陽電池、光触媒、発光素子、表示材料、バイオセンサなどに利用できます。
これらのナノ粒子に「ねじれた構造」を持たせると、「ねじれた光」、つまり円偏光を捕捉したり、散乱したりできるようになります。しかし、ねじれた構造を作るには、これまで、電子線リソグラフィー(注5)による方法や、DNAなどをもとにして作った「ねじれた鋳型」を用いる方法など、コストや手間、時間をかける手段しかありませんでした。円偏光を当てるだけで「ねじれた構造」ができれば、コスト、手間、時間がかからなくなりますが、「光のねじれ」を「物質のねじれ」に転写することは容易ではありません。

<原理>
本研究グループは、「光のねじれ」を「物質のねじれ」に転写するために、酸化チタン薄膜に載せた直方体金ナノ粒子を用い、粒子周囲に生じる微細な光の偏りと、偏った光による酸化鉛の析出を利用しました。
酸化チタン薄膜(厚さ40ナノメートル)に直方体の金ナノ粒子(およそ110×40×40ナノメートル)を載せました。これに円偏光を当てると、4つの角のうち、対角線上にある2つの角に光が集まります。光が集まる角は、右と左の円偏光で異なります(図2a, b)(注6)。
一方で、本研究グループでは、「プラズモン誘起電荷分離(注7)」という現象を見出しました。酸化チタン上の金ナノ粒子がプラズモン共鳴を起こすと、プラズモン誘起電荷分離によって金ナノ粒子上で酸化反応、酸化チタン上で還元反応が起こることがわかっています。プラズモン誘起電荷分離による鉛イオン(Pb2+)から酸化鉛(PbO2)への酸化反応は、粒子上の「光が集まる場所」で起こりやすいことから、この反応を、酸化チタン上の直方体金ナノ粒子に適用すれば、右と左の、いずれの円偏光を当てるかによって、異なる2つの角に酸化鉛を析出させられると考えました(図1下)。

<研究結果>
図3に示すように、多くの粒子で意図した部位に酸化鉛を析出させることができました。酸化鉛は誘電体(注8)であり、プラズモン共鳴を助ける効果があります。したがって、金ナノ粒子がねじれているのと同様の効果を持ちます。
このねじれた構造は、右円偏光と左円偏光に対し、異なる応答を示します。例えば、左円偏光によって酸化鉛を析出させたナノ構造に右円偏光を当てても、光の偏り方は、酸化鉛がない場合とあまり違いません(図2d)。しかし左円偏光を当てると、酸化鉛の付近に光が強く偏っていることがわかります(図2c)。つまり本技術により、右円偏光に応答するナノ構造と、左円偏光に応答するナノ構造を、円偏光によって、簡便に作り分けることができるようになりました。
これらのナノ構造は、3次元ディスプレイに使う円偏光発光や片方の円偏光を通す円偏光フィルター、3次元アミノ酸など生体分子のL体とD体を区別するセンサ、L体とD体を選んで作り分ける(あるいは、選んで分解する)光触媒、光を自在に曲げることができて光回路などに応用できるメタマテリアルなどへの応用が期待されます。

○発表雑誌
雑誌名: Nano Letters
論文タイトル: Chiral Plasmonic Nanostructures Fabricated by Circularly Polarized Light(円偏光によるキラルプラズモニック構造の作製)
著者: Koichiro Saito and Tetsu Tatsuma
DOI番号: 10.1021/acs.nanolett.8b00929

○問い合わせ先
東京大学 生産技術研究所
教授 立間 徹(たつま てつ)
Tel:03-5452-6336
研究室URL:http://www.iis.u-tokyo.ac.jp/~tatsuma/

用語解説

(注1)円偏光
光は、電場と磁場の波です。それらの波がねじれながら伝わる光を円偏光と呼びます。光を受ける側から見て、電場が時計回りに回る光を右円偏光(右巻き)、反時計回りに回る光を左円偏光(左巻き)と呼びます(分野などによっては、逆に定義される場合もあります)。

(注2)キラリティ
ある物質がキラリティを持つ場合、その物質を鏡に映したもの(鏡像)と、重ね合わせることができません。たとえば、左手は右手の鏡像ですが、それをどう回転させても、重ね合わせて一致させることはできません。アミノ酸分子のL体も、D体の鏡像ですが、重ね合わせられず、キラリティを持ちます。本ナノ構造は、酸化チタン上の金ナノ直方体に酸化鉛が2つついています。酸化チタンがない場合、180度回転させれば、鏡像とおおよそ一致させられます。しかし、酸化チタンの基板に載っている状態では、一致させることができません。つまり、基板に載っていることで、より強いキラリティを示しています。本ナノ構造がキラリティを持つことは、円偏光を吸収する際に右円偏光と左円偏光で吸収の強さが違う(つまり、円偏光二色性を持つ)ことによって確認しました。

(注3)プラズモン共鳴
ここでいうプラズモン共鳴は、より正確には「局在表面プラズモン共鳴(LSPR)」といいます。LSPRは、光の電場振動と、金属ナノ粒子が持つ自由電子の振動が共鳴する現象です。この共鳴によって、金や銀のナノ粒子は、光を吸収します。

(注4)回折限界
一般の光学顕微鏡などでは、光の波長の半分程度より細かい形状を見ることはできません。同様に、通常の光を用いた光加工では、光の波長の半分程度より細かいサイズの加工をすることはできません。こうした制限を回折限界と呼びます。しかし、波長の半分よりも先端が細い光ファイバーや、小さい金属ナノ粒子のプラズモン共鳴を利用すれば、回折限界を超えた光学観察や光ナノ加工を行うことも可能になります。本研究でも、新たなナノ加工法を提案しています。

(注5)電子線リソグラフィー
電子顕微鏡に用いるのと同様の電子線を用い、パターニングを行う手法です。基板上に金属ナノ粒子を配置する場合には、まず基板をレジストと呼ばれる薄膜で被覆し、電子線により薄膜をパターニングして、細かい孔のあいたテンプレート(鋳型)を作ります。これに金属薄膜を蒸着し、レジスト膜を除去すれば、孔のあったところにだけ金属が残り、金属ナノ粒子となります。任意の形状のナノ材料を作れる優れた方法ですが、装置が高価であり、細かく複雑な構造を作るほど長い時間がかかるため、一般的に、大面積を加工するのには適しません。

(注6)直方体粒子周囲の光の集まり方
酸化チタン膜上の直方体金ナノ粒子に円偏光を当てたとき、電場が回っている円偏光から見ると、「短い辺→長い辺となる角」と、「長い辺→短い辺となる角」とは異なるものです。そのため、光の集まり方に違いが生じます。これは、分子科学研究所の岡本裕巳教授が見出した現象です。
本研究の場合には、「短い辺→長い辺となる角」に光が集まる傾向があり、これをナノ加工に利用しています。

(注7)プラズモン誘起電荷分離
プラズモン共鳴を示すナノ粒子を半導体に載せ、光を照射してナノ粒子と共鳴させると、ナノ粒子中の電子が半導体に移動して電荷分離が起こります。これをプラズモン誘起電荷分離(PICS)と呼びます。発表者である立間教授らが2005年に報告し、光電変換、光触媒、光ナノ加工などの研究に利用されています。

(注8)誘電体
正と負の電荷は引き合いますが、その引き合う力を弱めて、電荷を離れやすくする性質を誘電性と呼び、誘電性を持つ物質を誘電体といいます。本研究では、金属ナノ粒子に小さな誘電体をつけることにより、その部分での電子の振動を起こりやすくしています。

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