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【共同記者発表】揮発した残留農薬を空気中から直接検知! ~迅速・特異的・非破壊検査が可能なセンサを開発~ (地独)神奈川県立産業技術総合研究所

○記者発表
地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所(神奈川県海老名市、理事長 馬来義弘)の藤井聡志研究員は、東京大学生産技術研究所(東京都目黒区駒場、所長 藤井輝夫)の竹内昌治教授と共同で、揮発した残留農薬を迅速・特異的に空気中から直接検知可能なセンサを開発しました。

○発表のポイント
◆開発センサを用いて、空気中に揮発した農薬100ppbをおよそ10分で検知することに成功
◆細胞膜にナノメートル孔を作るタンパク質と、農薬と選択的に結合する合成DNAをセンサ素子に利用
◆寒天ゲルにより、揮発した農薬を吸着して液中のセンサ素子へ届ける仕組みを考案
◆非破壊検査による食品の残留農薬試験を可能にする簡便・小型なセンサ技術として期待

○発表概要
食品の安全を保障する残留農薬試験は、対象食品の抽出物から残存農薬成分を質量分析機等により分析する手法が定められていますが、試験に用いた食品は失われてしまいます。
産業技術総合研究所の竹内グループ(グループリーダー 竹内昌治(東京大学生産技術研究所 教授))は、こうした残留農薬を、食品を傷つけることなく空気中から直接検知するセンサを提案しました。このセンサでは、寒天ゲルを用いて食品から揮発した農薬成分をセンサに取り込みます。次に、センサに取り込まれた農薬を、タンパク質が細胞膜に作るナノメートル(100万分の1ミリメートル)の小孔と、農薬と結合する特殊な合成DNAを用いた仕組みにより、高感度・高選択的に検出します。
本センサで、空気中に揮発させた100ppbの農薬(オメトエート)を約10分で検知することに成功しました。本センサは選択性にも優れ、類似構造の分子には反応しないことを確認しました。今後は検知時間を短縮し、食品の安全性を、食品を傷つけずその場で調べる技術として実用化を目指します。

○発表内容
【研究の背景】
食品の残留農薬試験は、対象食品の一部をサンプルとして収集し、その抽出物から残存農薬成分を質量分析機等により分析する手法が厚生労働省により定められています。残留基準値を超える食品の販売・輸入は食品衛生法により禁止されていますが、現在の手法は、食品を分析に使用する破壊検査であることから、全品を検査することができません。
地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所竹内グループ(グループリーダー 竹内昌治)と国立大学法人東京大学生産技術研究所は共同で、こうした残留農薬を、食品を傷つけることなく調べる技術の研究開発を進めてきました。

【研究の成果】
地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所竹内グループ(グループリーダー 竹内昌治)は、国立大学法人東京大学生産技術研究所と共同で、空気中に揮発した農薬成分(オメトエート)100ppbをおよそ10分で検知するセンサの開発に成功しました。
本センサの農薬成分検出原理を図1に示します。センサ素子は、人工的に作成した細胞膜、細胞膜に1ナノメートル(100万分の1ミリメートル)の小孔を作るタンパク質(アルファ-ヘモリシン、注1)、合成DNAからなります。図1に示す通り、まず空気中に揮発している農薬成分(オメトエート)を寒天ゲルによりセンサに吸着させます。寒天ゲルに取り込まれた農薬成分(オメトエート)は、DNAアプタマー(注2)と呼ばれる特殊な合成DNAと結合し複合体を形成します。次に、このDNAアプタマーと農薬成分(オメトエート)の複合体を電気泳動力によってナノポア(小孔)に移動させます。ナノポア(小孔)に移動した複合体は、ナノポア(小孔)を閉塞させます。この閉塞現象は、ナノポア(小孔)を通るイオン電流の変動を観測する(注3)ことで知ることができ、これにより、農薬成分(オメトエート)の有無が識別可能となります。以上、空気中のオメトエートを検知する一連のシステムを構築し、本センサを開発しました(図2(i))
揮発した農薬成分(気中オメトエート濃度100ppb)に10分間曝露したセンサにおいて、農薬成分(オメトエート)の検知信号を得ることに成功しました。検知までの時間は、農薬成分への曝露時間も含めて約12分でした。本結果は、開発センサが空気中に揮発した残留農薬を検知できる性能を有することを示しています。また、食品抽出物による残留農薬検査に見立てた実験も行いました。塩水に溶解した農薬成分(オメトエート)の場合、厚生労働省の定めるコメの残留農薬の基準濃度(5µM)は約4秒で、その1000倍薄い5nMの溶液でも約50秒で検知することができました。本センサは、選択性にも優れ、類似構造の分子には反応しないことが確認されています(図2(ii))

【社会に対する成果の還元、今後の展望】
本センサを用いると、食品を傷つけない非破壊検査によって残留農薬を調べることできるようになると考えています。現在の残留農薬試験では困難な全品検査が可能になり、食品の安全性が高められると期待されます。また、本センサは現在の試験で用いられている質量分析機などに比べて小型化が可能であるため(図2(i))、IoT技術と組み合わせることで、将来的には生産現場や小売店など、あらゆる場面で残留農薬基準の管理ができるようになると考えられます。今後は、開発センサの農薬検知に要する時間を短縮し、残留農薬試験技術としての実用性を向上させていきます。

【謝辞】
本研究は、文部科学省の地域イノベーション戦略支援プログラム、およびNEDO(次世代人工知能・ロボット中核技術開発)の協力を得て行われました。


○発表雑誌
雑誌名:英国王立化学会 Lab on a Chip 誌(電子版 6月16日)
論文タイトル:Pesticide vapor sensing using an aptamer, nanopore, and agarose gel on a chip
著者: S. Fujii, A. Nobukawa, T. Osaki, Y. Morimoto, K. Kamiya, N. Misawa, and S. Takeuchi
DOI番号:10.1039/C7LC00361G
アブストラクトURL:http://dx.doi.org/10.1039/C7LC00361G

○問い合わせ先
東京大学生産技術研究所
教授 竹内 昌治(たけうち しょうじ)
Tel:03-5452-6650 Fax:03-5452-6649
研究室URL:http://www.hybrid.iis.u-tokyo.ac.jp/

(地独)神奈川県立産業技術総合研究所
研究開発部・地域イノベーション推進グループ 小林・山本
川崎市高津区坂戸3-2-1 TEL: 044-819-2031 FAX: 044-819-2026

資料

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図1. 本センサの農薬検知機構。(i)寒天ゲル中には、始めにDNAアプタマーが含まれています。(ii)空気中の揮発農薬分子に触れたとき、農薬分子は寒天ゲルの中に吸着されます。吸着された農薬分子とDNAアプタマーが複合体を形成します。(iii)その複合体はナノポア(小孔)を通過しようとしますが、農薬分子との結合によってDNA構造が変化しているため、小孔を通過できずに閉塞します。本センサは、小孔の閉塞を微小電流値の変動にもとづいて識別し、農薬の有無を検知します。


 
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図2 (i)本センサ全体図。①センサ素子(2cm四方のサイズです)。このセンサ素子中で揮発した農薬の吸着からナノポアの閉塞まで、一連の反応が進行します。②電流値を取得・信号増幅する装置です。③測定時に使用するタブレット型端末です。(ii)本センサに農薬を処理しない場合、構造が類似する農薬4種を処理した場合、オメトエートを処理した場合の信号を比較したグラフです。オメトエートを特異的に検知していることが示されています。

用語解説

(注1)アルファ-ヘモリシン
細胞膜に組み込まれる膜タンパク質の1種です。アルファ-ヘモリシンが細胞膜に組み込まれると、7個の分子が複合体を形成し、1.5nmの最狭部を持つ小孔を形成します。この小孔の内径は、一本鎖のDNAがちょうど通ることができる程度の大きさであることから、DNAアプタマー(注2)と組み合わせ、高感度で選択性の高いバイオセンサ素子として利用できます。

(注2)DNAアプタマー
特徴的な配列を持つDNAであり、標的化合物と結合する活性を有します。我々の使用したDNAアプタマーは、オメトエート(農薬)と結合し、複合体を形成することが知られています。この複合体は嵩高い構造をとるためにアルファ-ヘモリシンの小孔を通過することができません。

(注3)電気生理学
細胞や神経などの組織が有する電気的性質を解析する生物の生理学問の一分野です。本研究では、細胞膜に局在する膜タンパク質を1分子毎に測定する電気信号を高感度に取得、増幅する技術を応用しています。

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