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【記者発表】生体応答を再現した血管チップ~血管新生の非侵襲イメージングに成功~

○発表者
松永 行子(東京大学生産技術研究所 講師)
高橋 治子(東京大学生産技術研究所 特任助教)

○発表のポイント
◆三次元的な管腔構造をもつ微小な血管モデルを作製し、血管新生の過程を蛍光標識化せずに非侵襲的にライブ観察することに成功しました。
◆人工的に組み上げた血管組織の三次元的な構造変化の様子を、長い期間に渡って生きたまま観察できるシステムをつくりました。
◆血管などの人工組織モデルを簡便に観察できることから、三次元組織を扱う再生医療、薬剤スクリーニングなど、医療・創薬・生命科学分野への貢献が期待されます。

○発表概要
東京大学生産技術研究所の松永行子講師と高橋治子特任助教らのグループは、微小な血管をマイクロチップ上につくり、その血管から新しい血管が枝分かれし伸びる現象(血管新生、注1)を三次元的に生きたまま観察することに成功しました。
具体的には、コラーゲンゲルの中空構造体にヒト血管内皮細胞を培養してつくりだした人工的な微小血管にがん細胞などが産生する血管内皮細胞増殖因子(VEGF、注2)を加えることで、がん組織などでみられる血管が枝分かれし成長する血管新生現象を再現させることができました。従来の三次元細胞立体組織の観察には、蛍光物質を使って可視化する方法が主に用いられてきましたが、光毒性、蛍光修飾法、観察深度の制限などからライブ観察には不向きでした。そこで、本研究では株式会社SCREENホールディングスと共同で、眼底検査などに利用される光干渉断層撮影法(OCT : optical coherence tomography、注3)システムによって、血管から新しい血管が伸び、中空な構造をつくって成熟していく過程を初めて直接観察することに成功しました。今回開発した技術は、三次元的な組織の構造を簡便に観察できる手法であり、血管以外にもさまざまな臓器を可視化できることから、三次元組織構造体を扱う再生医療や創薬研究への幅広い利用が期待できます。

この研究は、東京大学、杏林大学、株式会社SCREENホールディングスと共同で行いました。また、本成果は、学術誌「Scientific Reports」にて公開されます。


○発表内容
血管新生とは、既存の血管から新しい血管が伸びる現象であり、正常な状態では、主に成長などに伴って身体中に見られます。ところが、成長が止まった部位でも、炎症や低栄養状態、がんなどの病的な状態になると血管新生因子が放出され、未熟な血管が新生することが知られています。そのため、この病的な血管新生はがんなどの疾患の治療おいて非常に重要であるとされ、その分子機構の解明や標的薬の開発などさまざまな方面から活発に研究が進められています。
血管新生のような体内で起こっている現象を理解するために、体外で人工的に臓器のモデルを構築する臓器チップ(organ-on-a-chip、注4)の開発が進んでいます。この技術により、身体の中で起こっている複雑な現象を、動物などを使わずに簡便に調べることができるようになりつつあり、基礎研究分野だけでなく、新しい薬の標的物質や効果を調べるスクリーニングなどへの応用も期待されています。このように、目的の臓器を人工的に作る技術は徐々に確立されつつありますが、構築した臓器・組織の評価には、その立体的な三次元構造を観察する必要があります。従来よく使用されている光学顕微鏡は、平面的な二次元の構造を観察するのには向いていますが、三次元構造を観察するためには、共焦点顕微鏡を用いて蛍光物質を使って可視化する必要がありました。共焦点顕微鏡の観察では、蛍光物質にレーザー光を当てた場合の光毒性や、蛍光修飾法に制限があることから、生きたままライブ観察するのは不向きでした。特に、血管新生の様子はモデルとしては提唱されているものの、その新生過程を直接的に観察することは極めて難しく、これまでほとんど報告されていませんでした。
そこで、本研究グループは、血管新生の様子を観察できる微小血管モデルをポリジメチルシロキサン(PDMS)で作製したマイクロデバイスの中に構築しました。PDMSデバイス中に針を通してコラーゲンゲルを入れ、針を引き抜くことで微小な流路を形成します。この流路に血管内皮細胞を流し込み、管腔構造をもつ微小血管を構築しました(図1)。さらに、構築した血管から新しい血管が新生するときの三次元構造の変化をライブで観察するため、病院で眼底検査などに利用されているOCTに着目しました。SCREENホールディングスは、眼底検査で使用されるプローブ型OCTを細胞培養皿が見やすいステージトップ型に改変した新しいOCTシステムを開発しており、研究グループはこれを用いて微小血管モデルが血管新生する過程について三次元ライブ観察を行いました。
構築した微小血管に血管新生因子の1種であるVEGFを加えると、新しい血管が分岐して伸長する様子が観察されました。このとき、OCTを使うことで蛍光分子の修飾を必要とせずに10μmの解像度で長さ数mmの血管領域を数分で簡便に観察することができました。これを1日ごとに観察することで、時間に伴って徐々に血管が伸びていく過程が明らかとなりました(図2)。特に、新生血管の部分では、新しい血管が伸びて成長し、中に空洞をつくって成熟していく過程を初めて直接観察することに成功しました。また、血管新生だけでなく、構築した微小血管の直径や、容積も経時的に測定することができました。
今回開発した技術は、三次元的な組織の構造を簡便に観察できる手法であり、血管構造以外にもさまざまな臓器を可視化できることから、三次元組織構造体を扱う再生医療や臓器チップなどの医療・創薬研究への幅広い利用が期待されます。


○発表雑誌
雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Visualizing dynamics of angiogenic sprouting from a three-dimensional microvasculature model using stage-top optical coherence tomography
 (ステージトップ型OCTシステムによる三次元血管モデルにおける血管新生挙動の動的観察)
著者: Haruko Takahashi, Keisuke Kato, Kenji Ueyama, Masayoshi Kobayashi, Gunwoong Baik, Yasuhiro Yukawa, Jun-ichi Suehiro, Yukiko T. Matsunaga
 (高橋治子1,加藤佳祐2,上山憲司2,小林正嘉2,白健雄1,湯川泰弘3,末弘淳一4,松永行子1 (1東京大学生産技術研究所 統合バイオメディカルシステム国際研究センター、2株式会社SCREENホールディングス 第一技術開発室、3東京大学生産技術研究所 マイクロナノ学際研究センター、4杏林大学))
DOI番号:10.1038/srep42426
アブストラクトURL:http://www.nature.com/articles/srep42426

○問い合わせ先
東京大学生産技術研究所 統合バイオメディカルシステム国際研究センター
講師 松永 行子(まつなが ゆきこ)
Tel:03-5452-6470
研究室URL:http://www.matlab.iis.u-tokyo.ac.jp/


資料


 
図1
図1.微小血管チップを用いた血管新生モデル
(A) 開発した血管チップの外観図. スケールバー: 1 cm 
(B) 微小血管の作製法

 
図2
図2.OCTによる血管新生の非侵襲イメージング
(A) 血管新生過程の模式図 
(B) 血管新生部分の断層面画像. スケールバー: 100 μm
(C) 血管全体の変化(0日目, 7日目) (全長2 mm)


用語解説


注1) 血管新生

既存の血管から新たな血管枝が分岐して新たに血管が形成される生理的現象のこと。生理的血管新生と病的血管新生に分けられる。生理的血管新生は、個体の発生や成長期、妊娠、創傷治癒などの生理的条件下で誘導される過程であり、病的血管新生は、癌および糖尿病網膜症などで観察される。

注2) 血管内皮増殖因子(VEGF:Vascular endothelial growth factor)

血管内皮細胞の増殖を始めとした血管新生過程の促進、血管透過性の亢進作用を有する因子。

注3) 光干渉断層撮影(OCT:Optical Coherence Tomography(光コヒーレンストモグラフィー))

光の干渉性を利用して試料内部の構造を高分解能・高速で撮影する技術のこと。近赤外線を照射して非接触・非侵襲で撮像でき、被爆の心配もなく、人体の様々な器官の断層撮像に用いられる。

注4) 臓器チップ(Organ-on-a-chip)

さまざまな臓器の機能を模した細胞組織を人工的にマイクロチップ上に組み上げた臓器チップの総称。病気の状態や薬の効果を調べるのに有効な技術であるとされ、近年活発に研究・開発が進んでいる。

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