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【記者発表】1万個の小さな試験管一つ一つで生体分子反応を見てみると-試行錯誤から全数検査へ-

ロンドレーズ ヤニック(フランス国立科学研究センター 研究員)

藤井 輝夫(東京大学生産技術研究所 教授)

発表のポイント

◆マイクロ流体デバイス(注1)技術を応用して、生体分子反応系において一度に1万通りの生化学反応を行い、最適条件を見いだすことができる新手法を開発しました。

◆従来、生体分子反応系を最適化し、診断などに利用できるようにするには、何ヶ月、あるいは何年にも渡る試行錯誤が必要でしたが、本手法によって数日間に短縮できるようになります。

◆今後、本研究を発展させ、最終的には人の身体のような生きた分子システム(注2)の理解と構築を目指します。

発表概要

 フランス国立科学研究センター(以下、CNRS)のロンドレーズ ヤニック研究員らの研究グループは、東京大学生産技術研究所と20年前から運営している日仏国際共同研究ラボ(LIMMS)で、1万通りの異なる生化学反応条件を一度にテストすることができる手法(図1)を実現しました。東京大学生産技術研究所の藤井輝夫教授の応用マイクロ流体システム研究室が有する最先端ノウハウによって、これまでは技術的に困難だった無数のマイクロメートルサイズの液滴をランダムな濃度で作り、単層でスライドガラスの間に挟んで保持(図2)することが可能な実験手法を開発しました。この手法を用いることにより、試薬を標識した蛍光マーカが顕微鏡で自動的に読まれ、各液滴における反応条件を読み取ると同時に、どのように反応が進むかを観察することが可能となりました。

 本研究成果の活用により、医学分野での検査・診断や、創薬開発などへの応用が可能な分子プログラムの開発が大幅に迅速化されることが期待されます。

発表内容

 現状の生体分子反応系分野においては、研究者はコンピュータシミュレーションと手間のかかる実験を組み合わせて行っています。コンピュータシミュレーションは何百万もの条件をテストできますが、分子の反応については仮説に基づいており、現実の完全な詳細を反映してはいません。一方、単純な生化学反応でも、すべての条件をテストするには何ヶ月、場合によっては何年もの時間を要します。

 CNRSのロンドレーズ ヤニック研究員らの研究グループは、反応条件のあらゆる組み合わせと、それに対応する結果の高精細マップがあれば、現在よりずっと短い時間で、診断検査といった特定目的の分子プログラムが開発できると考えました。そのための実験手法の開発に当たっては、濃度を精密な範囲内に調節して液滴を作ることが難しい課題だと考えられましたが、見極めるのに何日もかかるような反応のために液滴を長時間固定しておくことの方が困難でした。ガラスチャンバの形状を変えたり、液滴をきっちりと密閉して固定する接着剤を試してみたりと試行錯誤を重ね、結局、液滴実験を順調に行えるように微調整するのにほぼ2年の歳月を要しました。

 今回開発した手法を用いると、コンピューターの計算によって、反応の状況についての全情報を見せながら点が動き、美しい高精細マップができあがります。このマップによって生化学反応の最適条件が分かるだけではなく、分子がある条件でどういう動きを見せるかも分かります。このマップを利用して、理論的には予想されていたが実験ではまだ観測されていなかった挙動を示す反応条件を見出しました。

 今後は、この技術を使って分子同士が試験管内でお互いにどのように反応し合うかを調べ、最終的には人の身体のような生体内の分子システムの詳細な機構を明らかにすることを目指します。

 本研究はフランス外務省・高等教育研究省・日本学術振興会(JSPS)の日仏交流促進事業(SAKURAプログラム, 34171WG)、科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「動的・多要素な生体分子ネットワークを理解するための合成生物学の基盤構築」(課題番号23119001)ならびに特別研究員奨励費(課題番号2604726)、フランスANRポスドク帰国時助成金ANR13-PDOC-0001及びアルザス地方博士課程奨学金の助成を受けたものです。

発表雑誌

雑誌名:Nature Chemistry
論文タイトル:High-resolution mapping of bifurcations in nonlinear biochemical circuits
著者: A.J. Genot, A. Baccouche, R. Sieskind, N. Aubert-Kato, N. Bredeche, J.F. Bartolo, V. Taly, T. Fujii, Y. Rondelez
DOI番号:10.1038/nchem.2544
論文URL:http://www.nature.com/nchem/journal/vaop/ncurrent/full/nchem.2544.html

問い合わせ先

東京大学生産技術研究所 日仏国際共同研究ラボLIMMS/CNRS-IIS
外国人客員研究員 ロンドレーズ ヤニック
TEL:03-5452-6213
E-mail:yannick.rondelez [at] espci.fr ([at]を@に置き換えてください)
※英語・フランス語での対応のみ可。

東京大学生産技術研究所 リサーチ・マネジメント・オフィス
TEL:03-5452-6747
E-mail:rmo [at] iis.u-tokyo.ac.jp ([at]を@に置き換えてください)
※日本語対応可。

用語解説

(注1) マイクロ流体デバイス
マイクロ流体デバイスとは、概ねミリメートル(mm)からマイクロメートル(μm)レベルの微小な流路や反応容器において種々の化学・生化学反応や分析を行うための装置の総称であり、一般に半導体微細加工技術を用いて作製され、微小量の流体を扱える。

(注2) 分子システム
分子システムとは、与えられた処理を実行するためにプログラムされた一連の化学種と化学反応で構成されるシステム。 例えばウイルスの検出用システムにおいては、ウイルス検出用の生化学反応試薬セットが分子システムにあたる。

(注3) 微小液滴
微小な液体の粒。本研究では油相に分散した微小な水相の粒をさす。反応容器あるいは物質キャリアとして用いることができる。

資料

開発した手法の概要

図1. 開発した手法の概要.(発表論文のFig.1を和訳して転載)
(reproduced from Fig.1 in the paper with Japanese translation)
(a)分子P, Qの濃度が入力パラメーターとなる非線形生体分子反応系の状態.状態は蛍光マーカー(a水色,bオレンジ色)の蛍光強度によって観察できる.
(b)分子P,Qの様々な濃度比を持つ微小液滴を生成するためのマイクロ流体デバイス.分子P,Qの濃度を推定するために,蛍光バーコード(赤色,緑色)を用いる.
(c)実際に生成された微小液滴のランダムアレイ.
(d)各微小液滴の状態をマッピングすることで得られる図.
(e) 最終的に得られる分岐グラフ.



微小液滴の顕微鏡画像

図2. 微小液滴の顕微鏡画像
顕微鏡下で見られる色つきの微小液滴(注3)の画像。液滴内の蛍光マーカの混合比によってさまざまな色が観察できる。これらの色を読み取ることにより、試薬の濃度と反応の状態を把握することができる。(Copyright: 2016 Yannick Rondelez)

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