所長挨拶
所長挨拶

前所長の岡部徹教授の後を継ぎ、令和6年(2024年)4月に東京大学 生産技術研究所(生研)の第27代所長に就任いたしました。どうぞよろしくお願い申し上げます。

私自身の所信表明的な挨拶は、本ホームページの「出版」リンク先にある生研ニュースNo.201をご一読ください。一方ここでは、日頃より生研をご支援頂いている皆様に所を代表して感謝を申し上げるとともに、生研とはどのような組織か、改めてその特徴を説明申し上げます。

生研を構成する研究室主宰教員は、講師・准教授・教授総数の約120名です。これに客員教員、プロジェクト雇用等の特任教員等を加えた総数は約150名。この段階ですでに何かを察した方もいらっしゃるかと思いますが、150という数字は偶然ながらダンバー数※1に一致しています。平たく言うと、「顔と名前が一致する規模」でしょうか。南北に全長200メートル、場所によって地上7〜8階建て、東西2棟にわたる生研の巨大な研究所空間の中で、あの先生はあの辺りで何を研究しているのかをエピソード記憶として把握できる規模であり、それゆえに組織としての一体感が醸成されます。

このような教員集団が所の職員約160名に支えられて、助手・助教・研究員(特任含む)約200名とともに大学院生約900名の研究を指導し、所外に本務を持つ種々の研究者約800名とともに、工学分野におけるスペクトルの広い研究活動を実施しています。総数2200名を越える国内最大級の附置研ではありますが、ダンバー数150の専門分野に集約して把握できることから、領域横断型の研究センターを時限付き組織として機動的に編成することもできますし、研究テーマに合わせて材料、プロセス、デバイス、システム、通信、サービスからアプリに至るさまざまな技術レイヤーの要素が自己組織化的に組み上がることもあります。臨機応変を是とする東京大学生産技術研究所は、150の専門家集団からなる現代のケントゥリアです。
 
かつて昭和の高度経済成長のころ、生研は産学連携型の総合的工学研究所として我が国の発展に寄与して参りました。例えば生研クロニクルに掲載されているロケット研究や鉄鋼精錬用の溶鉱炉、自動車用のトルクコンバータをご覧ください。時代が下って平成の世においては、地球環境や災害対策、マイクロメカトロニクス、ナノバイオ等の分野で国際的な共同研究を展開し、世界における我が国のプレゼンスを高めました。そして令和の現在、複雑系サイエンスやビッグデータ解析、文化×工学、デザインラボ等の取り組みを通して、人類に新たな価値観を提示する価値創造研究に取り組んでいます。

これらの新しい取り組みは、従来のモノの学術から、コトの学術への転換と言えます。従来の工学研究が普遍的技術の創出を通して文明の進化と発展に貢献し、ひいては我が国の経済力を高めるための手段であったのに対して、生研におけるこれからの工学では、無二の価値創出を通して文化の涵養と洗練にも貢献し、お金では買えない至高の善、すなわち、人類のwell-being(幸福)の追求にもその存在意義を見出そうとしています。

運営費交付金の削減や少子化による学生数の漸減、良質な研究時間の散逸による生産性の低下など、我が国の大学・研究機関を取り巻く状況に明るい話題を見出すのは確かに難しいかも知れません。そのような中にあっても高邁な理想を掲げ、人生をかけて深く学術に取り組む研究者集団が我が国に存在してもよいではありませんか。

我が国に生研があってよかったと言われるように、これから所長としての職務を全うしたく存じます。

所長 年吉 洋

※1ダンバー数: 霊長類の脳の大きさと群れの個体数の間に相関関係を見出した人類学者R. Dunbarによって提唱された、人類が良好な社会関係を維持できるとされる人数の認知的上限数のこと。