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【記者会見】ヒトiPS細胞から運動神経の束を作製 ~ ALS(筋萎縮性側索硬化症)治療に光 ~

○発表者
池内 与志穂(東京大学 生産技術研究所 講師)
藤井 輝夫 (東京大学 生産技術研究所 所長・教授)

○発表のポイント
◆筋肉を動かす指令を脊髄から筋肉へと伝える運動神経は、束状に集まって機能しています。
◆本研究では、ヒトiPS細胞を用いて運動神経の束状組織を作製する手法を開発しました。
◆運動神経を蝕む、ALSなどの疾患の治療薬の探索などへの応用が期待されます。

○発表概要
東京大学 生産技術研究所の池内 与志穂 講師と藤井 輝夫 教授らは、ヒトiPS細胞から作製した運動神経(注1)を、独自に開発した親指ほどのマイクロデバイス(微小装置)内で培養することにより、運動神経の神経線維に構造が似た束状の組織を人工的に作り出すことに成功しました。
近年、ヒトのiPS細胞(人工多能性幹細胞)からさまざまな細胞を作り出すことができるようになっており、生体内に近い三次元の構造を持った組織を作り出すことが次の課題になっています。本研究では、神経の軸索(注2)が互いに接着して束状になる能力を利用し、運動神経の束状組織を作製する手法を開発しました。
本技術により、運動神経を蝕むALSなどの疾患の発症機構の解明や、治療薬の探査が促進されると期待されます。

<研究の背景>
人の体内では、さまざまな種類の神経細胞が協調して働き、身体を正常に制御しています。体を動かす時には、大脳から発せられた指令は脊髄の運動神経に伝えられ、さらに筋肉に送られます。脊髄と筋肉の間は多数の運動神経の軸索によって繋がっており、軸索がバラバラではなく束状に集まって組織として存在しています。体内の束状神経組織を解析する手法が乏しいため、その発生過程や性質などの理解が進んでおらず、束状組織を試験管内で構築する手法が求められていました。

<研究の内容>
本研究グループはヒトiPS細胞を運動神経に分化させ、約1万個の神経からなる球状の組織を作製しました。次に、独自に開発したマイクロデバイス(微小装置)内でこれを培養しました。マイクロデバイスはシリコンゴムでできており、球状組織を受け入れる部屋に、幅150ミクロン長さ7ミリの微小な通路がつながっています。球状に集まった運動神経それぞれが多数の軸索を伸ばしますが、他に行き場がないためどの軸索も通路内へ伸びていきます。すると、並走する軸索同士が自発的に接着し、束状の組織が作製されました(図1動画1)。この手法により、効率良く運動神経の束状組織を作り出すことができます。
マイクロデバイスから神経の束状組織を取り出し、免疫染色やたんぱく質の解析を実施したところ、束部分は軸索のみでできていることが分かりました(図2左)。また、生体内の運動神経と同じような性質を示すことも確認できました。iPS細胞から分化させた運動神経は電気的な活性を示し、軸索の束は電気信号を伝え(図2右)、軸索の束をピンセットで引っ張ったところ、ゴムのように伸び縮みすることが分かりました(図3左動画2)。
ALSなどの運動神経変性疾患は、酸化ストレスなどによって運動神経が激しく損傷をすることで発症すると考えられています。そこで、運動神経の束状組織の損傷程度を評価するために、作製した組織が使えるかどうかを検討しました。過酸化水素水による酸化ストレスを与えたところ、作製した組織は損傷し、劣化することが分かりました。既存の画像解析プログラムを用いることでその劣化を簡便に定量化することにも成功しました(図3右)

<研究の意義と展望>
本技術を応用することによって、運動神経の束状組織を体外で作製し、評価することができるようになりました。これにより、運動神経を蝕む疾患の発症機構の解明や、治療薬の探索が促進されると期待されます。特に、多数の束状組織を作製し、損傷させて病気の状態を再現した上で、その損傷を修復・予防する化合物を無数の化合物群から探索することによって、現在治療法がほとんど存在しないALSなどの運動神経変性疾患の治療薬の開発に貢献することができると期待されます。

○発表雑誌
雑誌名:Stem Cell Reports
論文タイトル:Generation of a Motor Nerve Organoid with Human Stem Cell-Derived Neurons
著者:Jiro Kawada, Shohei Kaneda, Takaaki Kirihara, Asif Maroof, Timothée Levi, Kevin Eggan, Teruo Fujii, Yoshiho Ikeuchi
DOI番号:10.1016/j.stemcr.2017.09.021

○問い合わせ先
<研究に関すること>
東京大学 生産技術研究所
講師 池内 与志穂(いけうち よしほ)
Tel:03-5452-6330 Fax:03-5452-6331
研究室URL:http://www.bmce.iis.u-tokyo.ac.jp/

資料

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図1 束状の神経組織の作製方法
軸索束を持つ3次元神経組織は,神経細胞の球状組織をマイクロデバイスの培養チャンバーで培養することで形成されます(左)。神経組織は、太さが50ミクロン以上の軸索束を持ち、デバイスから神経組織を取り出してさまざまな解析を実施することが可能です(右)。

 
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図2 神経組織の分子生物学的解析と電気生理学的解析
形成した神経組織の軸索束部分には、軸索に特徴的に存在するたんぱく質(※)が特異的に観察されました(左)。また,球状組織部分を電気刺激すると、軸索束へ活動電位が伝わることが観察されました。

 
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図3 神経組織の弾性特性計測と化学的ストレスによる形態変化の数値化
神経組織を引っ張ったところ、軸索束は伸び縮みすることが分かりました(左)。ストレスによる神経組織の損傷を軸索束の画像解析によって数値化する手法を提案しました(右)。

 



動画1 マイクロデバイスの通路を軸索が伸びていく

 



動画2 軸索の束をピンセットで引っ張ると伸び縮みする

用語解説

(注1)運動神経
運動を司る種類の神経細胞のこと。

(注2)軸索
神経細胞の一部で、電気信号を伝える役割を果たす。

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