Research Data

都市気候モデルによる広域都市環境に関する研究


1. 都市の発展と都市温暖化

近年の経済の発展に伴い、都市部に人口が集中し、世界各地において東京をはじめとする巨大都市が生じている。
この都市化の進展に伴う土地の被覆状況の変化やエネルギー消費の増大などのために、ヒートアイランドに代表さ
れる都市気候と呼ばれる都市固有の気候現象が顕著に現れるようになってきた。これにより、都市の温暖化やオゾ
ン濃度の増加、汚染物質の滞留など種々の環境問題が引き起こされることが現在広く認識されている。都市気候の
スケールは、東京などの大都市においても水平方向に数10km、鉛直方向に数100mといわれており、多くの場合、
通常の気象観測網では実態を捉えることができない局地的な現象である。しかし規模は小さくても、現象自体は明
白であり、現実の都市生活に対して多大な影響を与える。本稿では、ヒートアイランドに代表される都市の温暖化
について、その発生メカニズム、並びに抑制対策手法とその総合的評価手法について解説する。図1に人工衛星デ
ータ(NOAA-AVHRR)による夏季の関東地方の地表面温度画像を示す。都市部が郊外部に比べて高温になっている
ことが確認できる。図2に東京の都市化の変遷を、図3に過去100年の東京の気温の変化を示す。約100年間の間に
東京都市圏の半径は5kmから50kmに拡大し、都市の平均気温は約2℃上昇している。この都市化に伴う東京等の大
都市の温暖化は、地球温暖化の数倍のスピードで進行している。



図1 NOAA-AVHRRによる関東地方地表面温度画像(文1) (1995年7月24日 13:20)



図2 東京の都市化の変遷(文2)



図3 東京の気温の経年変化(高さ1.5m)


2. 都市温暖化の形成要因

都市温暖化の主要な形成要因は以下であると考えられている。

a. 都市部における人工排熱の増大

快適な居住環境制御や情報・物質の大量伝搬のため、都市部では郊外に比べて
多くのエネルギーを消費しており、その消費量は増加の一途をたどっている。
特に近年の居住環境制御のための民生用エネルギー消費の増加は著しく、これ
が更に都市の温暖化を助長するという悪循環に陥っている。東京都の都心3区の
人工排熱量は昭和61年度で約70万Gcal/年・km2に達しており、太陽熱の放射収
支の約65万Gcal/年・km2を上回っている。図4に東京圏における人工排熱量の分
布を示す。



図4 東京における人工排熱分布

b. 透水面の減少による地表からの蒸発の抑制
都市化に伴い、緑地や湿地、河川の流量等が減少し、アスファルト、コンクリート等で覆われることにより透水面
積が減少する。このため地表面からの蒸発による潜熱の放散が抑制され、郊外に比べ地表面温度が上昇する。特に
日本の場合には都市に対する公園の割合は非常に小さく、現在の所、都市の温暖化緩和の役割としての緑地は期待
できない。また図5の東京都の野川の例に示すように、近年の下水道の普及に伴い、都市部を流れる河川の流量が
減少している。これらの透水面積の減少に伴い、都市部の湿度は低下する。図6に東京とその周辺における相対湿度
の経年変化を示す。東京の湿度は館野、銚子、勝浦等の他の地域に比べて著しい湿度低下を示している。


図5 河川流量と下水道普及率(野川の場合)(文4)  図6東京とその周辺における年平均相対湿度の経年変化

c. 都市の構成物質の熱容量による蓄熱効果
都心部ではコンクリートやアスファルト等の熱容量の大きな構成物質が多くを占め、日中に吸収した熱を夜間にゆっ
くりと放出する。このため都市における大きな蓄熱は、夜間に都市部の気温を上昇させることになり、夏季の熱帯夜
の一因となる。東京における熱帯夜の日数は、1920年代の2.6日から80年代には13.6日と大幅に増加している。

d. 都市構造物による上空大気との熱交換の減少
建築物が林立する市街地では、上空に比べて風速が極端に弱くなる。このため都市内部と上空との熱交換が小さくな
り、都市排出熱が逃げ出せなくなる。また高層建築が立ち並ぶことで、都市部の表面積が増大し、都市部の実質的な
日射吸収率は、郊外部に比べて約10%増大する。

e. 細塵や大気汚染物質による温室効果
都市部で発生した汚染物質は、都市循環流や都市境界層の構造により都市部あるいはその周辺地域に滞留する。表1に
Landsbergによるアメリカの大工業都市と河村による東京のそれぞれ郊外に対する大気汚染物質の濃度差を示す。これら
滞留した汚染物質は、都市の温室効果を助長することになる。


3. 都市温暖化が気候変化におよぼす影響

図7に都市温暖化に伴う都市気候の概念図を示す。都市部で暖められた空気は浮力により上昇し、上空で冷やされ、
都市周辺の郊外に下降する。またこの下降した気流は更に都心部に収束し、いわゆる都市循環流が生ずる。郊外か
ら都心部に向かう収束流の観測例を図8に示す。
これらの都市循環流により、都市で発生した汚染物質が滞留し(ダストドーム)、しばしば都市周辺の郊外部での高
濃度汚染が発生する。図9は、埼玉県南部で発生した高濃度汚染の観測例である。



4. 都市温暖化抑制のための各種対策技術

現状のまま大都市への人口、機能の集積が続き、都市温暖化が進行した場合、都市環境の悪化が深刻な問題となること
が予想される。都市温暖化抑制のために、現在各種の省エネルギー対策の推進等による人工排熱量の削減、緑地・河川
等の適正配置、あるいは透水性建材の利用等により環境への負荷の低減を目指した、いわゆる環境共生型の都市計画案
が種々提案されている。以下に代表的な抑制対策技術について、前述の都市温暖化の形成要因ごとに紹介する。

a. 都市部における人工排熱の抑制
各要素技術に関して言えば、建物の断熱化やエネルギー効率の高い製品の開発により、エネルギーの消費量を減少させ
る対策が挙げられる。また都市全体のエネルギー消費システムの改善という観点からは、自然共生建築やハイブリット
型環境制御手法等による自然エネルギーの利用並びに効率的制御、蓄熱システムによる未利用エネルギーの有効利用、
コジェネレーションシステム導入によるエネルギーの効率的利用などによる各種エネルギー消費の抑制対策等も挙げら
れる。更に、製造工程の改善による産業廃棄物の削減や、リサイクルによる資源の再利用が、トータルのエネルギー投
入量の削減につながることが期待される。

b.地表からの蒸発の促進
都市部に緑地や親水空間等を積極的に取り入れたり、保水性建材等を利用することにより、透水性面の増加を図り、都
市域からの蒸発潜熱の発散を促進する。都市緑地の増大は、大気汚染物質の吸着作用や、景観形成の点からも重要で
ある。

c.ヒートシンクによる吸熱の促進
地下や海・河川など巨大な熱容量をもつヒートシンクにより都市部の熱を吸熱する。またこの吸熱した熱を再利用する
技術も開発されつつある。

d. 都市と上空大気との熱交換の促進
総観場の風速が強いと一般にヒートアイランドは発生しにくいことが知られている。東京のような超巨大都市において
も風速が12m/sを超えるとヒートアイランドは消滅するといわれている。このような風による換気効果を利用して、適
正な建物配置等より積極的に熱交換を図る方法が検討されている。代表的な例ではドイツ・シュトゥットガルト市にお
いて実施されている「風の道」計画が挙げられる。

e.大気汚染物質の抑制
汚染物質の排出規制や吸着システムの開発、建物配置などによる効果的換気により、都市域の大気汚染物質濃度の低下
を図る。特に都市圏における窒素酸化物の主要排出源である自動車の技術開発を行っていくと共に、交通システムの合
理化等により都市の構造面を含めた対策が必要となる。

以上のような都市温暖化抑制対策技術が現在各方面で考案されているが、実際の都市環境は極めて多くの要因が複雑に
関与しているために、環境への影響を低減するための対策を個別にたてても、その効果を正しく評価する事は非常に難
しい場合が多い。現在発展の著しい数値解析手法に基づく各種要因を連成した総合的な環境アセスメント技術の確立が
強く期待されている。





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