研究対象


 

    1. 雷害の軽減・防止

       雷放電は巨大な静電気放電です。人類との関わりにおいて、雷は久しく人畜を殺傷し、建造物に火災を発生させるだけの自然現象でしたが、人類が電気を利用するようになってから、雷の人類社会への影響は飛躍的に大きくなり、人類の電気への依存度の高まりと共に、雷による障害も増大しています。電気技術者から見た雷は電気設備に悪影響を及ぼすだけの存在で、対策を講じて被害を軽減することが使命となります。対策をするには敵を知らねばなりません。
       雷対策としては雷防護設計で対処する場合が多いですが、落雷の可能性が高いときにシステムの運用を変える方式でも対処する場合があり、それには襲雷の予測、現況の把握が必要となります。雷放電が発生する電波を利用して、その放射源である雷放電の位置、電流の大きさを推定する雷放電位置標定システム(LLS)は、雷放電域が移動してくるタイプの雷の現況把握には最適なシステムで、日本では気象情報会社、電力会社、気象庁が運用しており、webの上で雷放電の状況の現況を見ることも可能になりました。フィールドミルによる現場での静電界測定、気象レーダによる対流雲の観測は、現況把握にはLLSに一歩を譲りますが、発雷前の雷雲の検知にも有効です。

       直撃雷への対策には、雷放電路が地上の構造物に着雷する機構をできる限り明らかにすることが必要ですが、まだ必要なレベルまで解明が進んでいません。しかし直撃雷に対する設備の保護の指針は不可欠で、割り切りの産物として国内外の各種規格が制定されています。それらは夏季に最も多い、雲からマイナスの電気を帯びた放電路が下降してくる下向き負極性落雷を想定し、下降するステップトリーダが地上の構造物と結合する過程を単純にモデル化しています。しかしこのタイプが落雷に占める割合が圧倒的に高いにもかかわらず、ステップトリーダが地上の構造物と結合する最終過程を至近距離から観測した事例はきわめて少なく、経験にもとづく種々の雷しゃへいモデルの進歩にはあまり貢献するに至っていません。このような状況なので、国際規格では認められていない種々の非在来型雷防護設備と呼ばれる外部雷保護システムが、日本を含め、世界的に広く販売されています。日本の規格ではそれらの有効性を認めていませんので、それらを購入しても在来型の設備の要求を満たすように工事が行われるので、実害はありません。
       設備やシステムに侵入してくる雷電流については、従来からの電気回路解析による手法に加え、数値電磁界解法の雷サージ解析への適用の研究が進み、かなり解明されてきました。今では雷電流が侵入する構造物の立体的な構造がわかれば、どのように異常な電流、電圧が各部に発生するか計算することができ、その予測にもとづいて対策を立てることが可能です。しかし肝心の元になる雷電流は、どのような性質のものがどの程度の頻度で構造物やシステムに侵入してくるかについて、まだわかっていない部分が多く残されており、雷観測の重要性は全く薄れていません。

    2. 雷放電現象

       積乱雲の中で電荷分離が活発に起こるには、氷の生成と強い上昇気流が不可欠なことが、今日では研究者の間でほぼ合意されています。電荷分離が活発に生じる高さの近傍に、一方の極性の電荷が溜まるのは自然なことで、この高さの電荷の塊が、落雷という現象と密接に関係していることが明らかになってきたのですが、このような雲の上の話は、電気技術者にはあまり関係がないと思われてきました。一方で、日本では冬の雷と夏の雷の性質がかなり異なることが知られるようになってきましたが、この性質の違いが、落雷にかかわる雲の中の電荷の高さと密接に関係することが判明し、理学的な興味の対象でしかないと思われてきた雷雲の中の電荷分布の様相が、地上の電気設備の雷害対策に関わってくることになりました。
       日本の冬季雷は本州の日本海沿岸で多発しますが、ここは世界的にも特異な地域であることがわかりました。冬季雷では送電鉄塔や風力発電用風車などの100m以下の高さの構造物からも、普通の落雷とは逆に、地上側から放電が雲に向かって伸びてゆくことで開始する上向き雷放電が多発することが判明しています。冬季雷の放電現象の観測を、雷放電から発生する電磁界の観測を中心に福井県で長年行ってきましたが、その中には、光では見えない雲の中の放電路の位置をVHF帯の電磁波で観測する研究も含まれています。これらの観測と、風力発電用風車に落ちる雷の電流の観測から、雲の中の電荷が溜まる高さが、上向き雷放電の発生と密接に関係することを明らかにし、冬の日本海側で高い構造物を建てると危険な地域を示せるようになりました。
       2012年からは東京スカイツリーでの雷観測を開始しました。普通に目にする夏の雷はどこに落ちるかわからないので、雷害対策で最も基本的なデータとなる雷電流の直接観測が、日本では実はまだ成功していませんでした。東京スカイツリーではタワーから発生して雲に向かって伸びてゆくタイプの雷放電が多く発生することが予想されていました。2013年8月までの1年半に16回の落雷が発生したことが確認されています。うち7回は雲から放電路が降りてくる普通のタイプの落雷で、これが意外に多いことに驚いています。雷電流、放電路の高速度カメラによる画像、遠近での電磁界といった、日本初の貴重なデータが着実に取得できており、今後雷放電現象の解明、雷害対策に役立つことでしょう。

    3. 高電圧インパルス測定の標準化

       雷関連の研究以外にも、産業界にとって必要な高電圧インパルス測定の標準化に関する研究を行っています。高電圧機器は電力の輸送に欠くことができませんが、機器に決まった範囲の高電圧をかけて故障しないことを確認する高電圧試験は、それらの信頼性を確保する上で大変重要です。雷放電で発生するパルス高電圧、大電流は、自然現象のため上限がなく危険ですが、それに備えた高電圧試験に使用するインパルス電圧、電流の測定は容易な技術ではなく、測定の信頼性向上のための研究が続けられています。国際的な商取引を円滑に行うには、こうした試験技術の国際標準化が重要で、そのために海外諸国と連携しつつ日本の高電圧インパルス標準測定システムの維持、性能向上をはかることを目的として産業界、学界合同で組織している日本高電圧インパルス試験所委員会(JHILL)が活動しており、その委員長をつとめています。



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