交通渋滞の科学 − Needs Oriented ITS
 ITS (Intelligent Transport Systems) は、交通のインテリジェント化として現在脚光を浴びている。交通渋滞を軽減するために、ITSがどのように活用できるのかについて、いくつかの応用場面を紹介する。 1.需要の時間分散効果に関する研究−わずかの時間調整で渋滞はなくせる− TDM(Travel Demand Management)という言葉が頻繁に聞かれるようになってきた。情報提供、混雑課金、旅行予約制、等によって交通需要そのものを調整しようという方策である。特に,時間的に需要を分散させる場合,"どの程度の量の需要"を"どのくらい時間調整"すれば渋滞が解消できるのだろうか。 首都高湾岸線(西行き)の葛西では、毎朝のように約5〜6キロの渋滞が起きているが、平均10分程度のトリップ時刻の変更で渋滞がほぼ解消できるという試算結果を得ている。国道246号線の平日朝上りの渋滞についても、平均約15分の時間調整で渋滞はほぼ無くなる。また、冬季の関越高速道路においても、毎週末の午後にスキー帰りの車による20〜30キロにも及ぶ渋滞が起きているが、全利用者が時刻変更をしてくれるならば最大20分程度で渋滞解消、50%の利用者のみが時刻変更する場合でも最大30分程度で渋滞が解消できる見込みである。 日常目の当たりにしている大渋滞の印象とは裏腹に、わずかな時間調整で大きな渋滞削減効果が期待できる。トリップの時間調整のもう一つよいところは、たとえ出発時刻を調整したとしても渋滞が軽減されれば、目的地に到着する時刻はほとんど変わらずにすむことである。 情報提供,ETC(Electronic Toll Collection)によるロードプライシングなどの方策の適用が考えられる. 2.自然渋滞のメカニズムとAHS適用 都市間高速道路における交通集中渋滞の36%は,縦断勾配の変化するサグやトンネル入り口における自然渋滞である。縦断勾配の変化にドライバーが気づかないために、上り勾配でわずかな減速が起こる。交通量が多くなると、それが引き金になって、渋滞が追い越し車線から発生する渋滞現象である。トンネルにおいても、暗く狭いトンネル空間にさしかかるところで、ドライバーがわずかに減速するために同様に渋滞が発生する。このような自然渋滞の特徴は、いったん渋滞が始まると容量が非常に低く、それが渋滞経過とともにさらに減少してしまうことである。渋滞開始時の容量は2車線当たり、3500台/時程度であるが、渋滞後は2700台/時程度に激減する。この値は、通常の交通容量の約70%程度にすぎない。 このように容量が非常に小さいのは、渋滞先頭における緩慢な加速が原因である。長い渋滞に巻き込まれると、何度ものstop-and-goを繰り返すうちに前を走る車の動き、特に加速、に対する感度が次第に鈍くなってしまう。さらに自然渋滞では、合分流や車線減少などが何もない単路部で発生するので、ドライバーは渋滞の先頭がどこなのかはっきりわからないことが多い。従って、交差点での発進とは違って、渋滞の先頭に達しても、だらだらと緩慢な加速を行ってしまう。  自然渋滞の発生原因は、ドライバーが無意識に減速してしまうことにあるので、それを補うような加速を自動的に行ってくれるシステムが渋滞回避には有効である。さらにやむを得ず渋滞してしまった場合であっても、緩慢な加速を改善する手段としてAHS (Automated Highway System)が期待されている。AHSはinformation、control、automated cruiseの3段階で順次開発されているが、最終段階である完全自動運転(automated cruise)でなくても、速度と車間距離を制御するcontrolシステムでも、サグ・トンネルにおける減速と渋滞先頭における緩慢な加速の防止には効果的である。既に開発されているACC (Automated Cruise Control) などを搭載した車両の普及率と渋滞回避の可能性、ボトルネック容量との関係も研究されつつある。 3.交通シミュレーションモデルSOUND、AVENUEの開発と適用  新規路線の建設、駐車規制、右左折禁止、信号制御などの交通運用を行った場合に、交通状況がどのように変化するのかを事前に評価するツールの開発が必要である。時間的にダイナミックに変化する交通状況を再現できること、ネットワーク上に散在する渋滞状況を忠実に再現できることが要求される。  SOUND (a Simulation model On Urban Networks with Dynamic route choice)とAVENUE (an Advanced & Visual Evaluator for road Networks in Urban arEas)という2種類の交通シミュレーションモデルを開発している。ともに、経路の選択行動を内生化しているモデルで、新たに交通規制・制御などの政策が実施された場合の、利用者の経路の変化を表現できる構造になっている。また、利用者層を交通情報(旅行時間情報、渋滞情報など)に反応して経路を選択するかどうかによって、いくつかのグループに分けてシミュレーションを実行することができる。  SOUNDは、リンク数・ノード数が数百から数千の規模のネットワークに適用するモデルで、交通流は車両数台を1つにまとめたパケットという単位で、離散的に移動させるモデルである。車線の概念はなく、リンク上を一列に車両が進行するモデルであるが、交通密度の管理が行われているので、渋滞の延伸状況を正しく表現することができる。首都高速道路ネットワーク、東京南西部のネットワークに適用され、新規路線の建設効果やVICSや可変情報板による情報提供効果の評価を行っている。  AVENUEは、リンク数・ノード数が数十から数百の規模のネットワークに適用するモデルで、交通流は、流体としてブロック密度法で車両を移動させているが、同時に離散的な車両イメージも視覚的に表現できるように工夫がされている(ハイブリッド・ブロック密度法)。各リンクは車線を持ち、車線別に交通流が表現でき、信号制御の評価、バス専用レーンなどのレーン規制なども評価できるようになっている。モデルは、オブジェクト・オリエンティッドなプログラムで書かれており、モデルの改良、ディスプレイ表現、ユーザーインターフェイスといった点で優れたものになっている。駅前広場の改良、駐車場出入り口の取り付け位置の評価、信号制御の改良効果、料金所の自動料金収受の効果評価などに適用されている。 シミュレーションを広く普及させるためには、開発されたシミュレーションモデルが必要な機能を持っているのかを検証する手続きを整理しなければならない。交通発生、ボトルネック容量値の再現性、渋滞の延伸状況の再現などについて、標準的な検証手続きをまとめた検証マニュワルを整備中。 シミュレーションモデルのパラメータ設定と検証のためには、実データをベンチマークデータセットとして提供し、研究開発、実務に利用してもらうことが必要である。それによって、モデルのValidation+Calibration作業が大幅に省力化できるほか、同じデータセットを利用することで、モデルの特質、適用の妥当性などについての議論が活性化する。三鷹地区の交通調査に基づいたデータセットをインターネットで公開している。

第5部 桑原研究室