IMG SRC="../IMG/ms.gif"> 新しいヒートパイプ「コスモス・ヒートパイプ」
  擬似超熱伝導プレート、熱スイッチ、熱ダイオードへの応用

西尾研究室

 熱に関する現象は、調理をはじめとして身近な現象であるが、一見不思議なことも起こせる。断熱材を張った高温板を水につけると、断熱材を張らない場合に比べて顕著に速く冷やすことができる。「断熱層のパラドクス」と命名した現象であり、日本刀の焼き入れ技術の基本と考えている。また、一般に熱は高温から低温に向かって流れるが、気体に圧力振動(音波)を加える低温から高温へと熱を汲み上げることができる。熱音響効果の一つであり、冷凍機などに応用され始めている。  今回は、振動させると急速に熱の伝わり方が良くなるCOSMOS Heat Pipeを紹介しよう。
1.熱技術に携わる我々の夢
 電気や熱が物質中を伝わる現象を、「伝導」という。電気の場合は「電気伝導」、熱の場合は「熱伝導」という。熱伝導は熱放射と並んで熱が移動する二大原理であり、鉄箸の一端を暖めると他端が熱くなるのが熱伝導であり、中学の理科でも習う極めて身近な現象である(解説1参照)。
解説1(熱伝導):
○ 冬に窓を閉めていても室内が冷えるのは、熱伝導で窓ガラスから熱が逃げるからである。
○ 熱の貯蔵が難しいのも、熱伝導で筐体から熱が逃げてしまうためである。
逆に、
○ 夏に冷水に足をつけて涼感が味わえるのは、熱伝導により足から熱が奪われるからである。
○ 肉を表面だけ焼くことができるのも、肉の熱伝導により中が暖まるのが遅れるためである。
 さて、電気伝導と熱伝導とは同じ「伝導」現象でありながら、以下に例示するように大きな差がある。
○ 電気伝導には超伝導(超電導)があるが、熱伝導には超伝導が無い。
○ 電気の伝わりやすさ(電気伝導度)は、固体だけでも銅のような電気良導体からガラスのような電気絶縁体まで25桁程度変えられるが、熱の伝わりやすさ(熱伝導率)は、気体、液体、固体を含めても5桁程度しか変えられない(図1、解説2参照)。
○ 電気にはダイオード(オームの法則に従わず、電圧をかける向きにより流れる電流が大きく異なる素子)があるが、熱には有効なダイオードがない。
 このために、熱に関する技術は、電気・電子技術に比べて強い制約を受けており、様々な工夫が必要となる。したがって、熱技術に携わる我々は、
(A)  熱の超伝導に近づく道具(デバイス)はないか、
(B)  熱の伝わり方を広範囲に変えられる道具はないか、
(C)  熱のダイオード機能をもつ(高・低温側を逆転すると熱の伝わり方が大きく異なる)道具はないか
などを夢を抱いてきた。
解説2(熱伝導率と見かけの熱伝導率): いま、断面積A、長さLの円柱を考える。両端の電位差をΔEとすると、この円柱を流れる電流Iは、 となる。オームの電気伝導法則である。一方、両端の温度差をΔTとすると、この円柱を流れる熱量Qは、 となる。これをフーリエの熱伝導法則という。両者は同様の形をしており、σを電気伝導度、kを熱伝導率と呼ぶ。同形の法則でありながら、材料により変えられる範囲は、σとkとでは大きく異なる。σもkも純物質であれば、材料により定まる値である。概観は円柱であっても、例えば内部に流動する液体が入っている場合には、kは「見かけの熱伝導率(実効熱伝導率)」と呼ばれる。
 これらの夢を実現に近づけた道具として、COSMOS Heat Pipeを紹介しよう。我々が1994年に理論的提案を行い、本年度に性能を実証したデバイスである。ここで、COSMOSとはCounter-Stream-Mode Oscillating-Flow(対向振動流)の略称である。秩序だった振動流(往復流)を利用したデバイスであり、秩序・調和あるいは(秩序だった)宇宙を意味するCosmosへの想いを込めて付けた名称である。COSMOS Heat Pipeをさらに略して、以下ではCHPと呼ぶ。
 Heat Pipe(ヒートパイプ)は(A)の夢を実現する道具の総称であり、既にいくつかのタイプが考案され、一部は実用化されている。典型は「狭義のHeat Pipe」(解説3参照)であるが、これでは
(a) 上述の(B)、(C)の夢は実現困難であり、
(b) また超電導に上限電流(臨界電流)が存在するように、拡散できる最大熱量が存在する。
COSMOS Heat Pipeは、狭義のHeat Pipeとまったく異なる原理に基づき、(a)および(b)の問題を解決し、(A)〜(C)の夢を実現に近づけたものである。 解説3(狭義のHeat Pipe): Heat Pipeとしては、サーモサイフォンや「狭義のHeat Pipe」がある。これらの典型は、円管内に少量の液体を封入したものである。この円管を垂直に置き、下端を加熱し、上端を冷却すると、内部の液体は下端で蒸発(沸騰)し、上端で凝縮し、凝縮した液体は重力により管内表面を伝って下端に戻る。これが、サーモサイフォンである。一方、例えば管内表面に細い溝を管の長さ方向に設けておくと、凝縮した液体は溝により生じる毛管力により蒸発部に戻る。これが、狭義のHeat Pipeであり、原理的には上端で加熱、下端で冷却する姿勢でも、また微小重力場でも液体が還流し作動する。両者とも、加熱部で蒸発潜熱を奪い、冷却部で凝縮潜熱として吐き出す相変化を利用している。CHPは、解説5で述べるように、相変化を利用しない全く新しい原理のHeat Pipeである。
2.Cosmos Heat Pipeの概要と特長
 CHP は、図2に示したように、狭い蛇行した流路内に封入した液体を往復振動させるだけの、単純な構造のHeat Pipeである。因みに、COSMOSの名のとおり、隣り合う流路では液体の振動流の方向は逆となっており、これがCHPの特長である。我々が実証した範囲内(解説4参照)でも、図1に示したように、振動流の周期や振幅を変えることにより、1つのCHPで、熱の伝わり方を銅の1/4〜40倍まで変えることができる(解説5参照)。
解説4(実証試験装置): 本年度に実証に使用したCHPは、概観は長さ250mm、幅16mm、厚さ1.8mmの薄板状のものである。板の中央部は、幅0.55mm、高さ1.2mmの矩形断面の流路が17本配置された長さ200mm、幅16mm、厚さ1.8mのアルミニウム製扁平多孔板である(図3、4参照)。中に封入した液体は水であり、振動を起こさない場合の見かけの熱伝導率は約100W/mK(銅の熱伝導率の1/4倍)、振幅70mm、周波数0.5Hzの条件での見かけの熱伝導率は約16,000W/mK(銅の熱伝導率の約40倍)であった。図1にCOSMOS Heat Pipe(Al)と記したデータは、この範囲を示したものである。
解説5(CHPの熱拡散原理): CHPにおいて異常に大きな熱が伝わる原理は、振動流による拡散促進効果と呼ばれる効果である。図5を使って、簡単に説明しよう。図5の下のように、円管内に液体があり、温度に分布がある場合を考える。いま、簡単のために、液体の振動はH点に半周期滞在し、即座にL点に移動し、そこで半周期滞在し、その後に即座にH点に戻る矩形波振動を考える。振動がない場合にC点にいる液体部分(これを要素と呼ぼう)を考えると、この要素が振動によりH点に移動すると、H点での円管壁の温度は要素より高いので、要素は壁から熱をもらう。要素が振動によりL点に移動すると、L点での壁の温度は要素より低いので要素は壁に熱を吐き出す。すなわち、1回の振動により、熱がH点からL点に“蛙飛び”のように移動したことになる。こうした“蛙飛び”は振動が無い場合には起らず、振動により付加的に起ったものである。振動数が高くなれば単位時間当たりに起る“蛙飛び”回数が増え、振幅が大きくなると“蛙飛び”距離が増えるので、“蛙飛び”による熱の付加的移動は、振幅や周期の増加とともに増えることになる。
 CHPは、Heat Pipeであるから熱の伝わり方(見かけの熱伝導率)が良いのは当然であるが、以下に例示する特長がある。
(1) 熱の伝わり方の制御が容易: 図1に示したように、熱の伝わり方(見かけの熱伝導率あるいは熱拡散量)を振動数、振幅の制御により広い範囲で変えることができる。これにより、狭義のHeat Pipeでは実現が極めて難しい(B)、(C)の夢、即ち熱スイッチあるいは熱ダイオード機能の発揮が可能となる。
(2) 構造が単純であり最径化および変形が容易: 図2に示したように、内部には蛇行流路があるのみであるから、内部に液体還流構造が必要である狭義のHeat Pipeに比べて、細径化が容易である。また、同様の理由により、曲げるなど、変形させることができる。これも、狭義のHeat Pipeでは実現が難しい。
(3) 熱輸送量が大きい: (b)として記したように狭義のHeat Pipeで問題となる熱拡散量に上限界がない。また、振動させるのに動力を要するが、同じ断面寸法の流路を循環する通常の循環式熱輸送方式に比べて、同じ動力では熱輸送量が大きい。
3.COSMOS Heat Pipeで何ができるか
 図4に例示したように、見かけの熱伝導率の良いCHPをプレート状にすると、擬似超熱伝導プレートが構成できる。以下では、擬似超熱伝導プレートの応用例をいくつか紹介する。
 LSIチップ発熱を拡散する擬似超伝導プレート: LSIチップは高集積化により、発熱密度が急速に増大してきている(解説6参照)。また、例えばnotebook PCでは、チップを冷却する媒体は、熱の伝わり方(熱伝導率)の悪い空気に限定されている。したがって、PC筐体内部でチップから熱を有効に広げ、放熱面積を稼ぐ“薄い”放熱プレートが必要である。CHPの特長(2)、(3)に注目して擬似超熱伝導プレートを考えると、こうした役目を果たす「熱拡散能力の高い薄型放熱プレート」が作成できる(図6、解説7参照)。現実に、実証範囲内でも、2mm外径の狭義のHeat Pipeの最大熱輸送量(3W)に比べて、同一断面積相当で2倍以上の熱を伝えることができる。
 さらに、Notebook PCの液晶画面背面に熱が運べれば放熱面積として利用できるが、開閉を要する液晶画面裏面に熱を運ぶためには、開閉に耐え変形可能なプレートが必要である。CHPの特長(2)に注目して擬似超熱伝導プレートを考え、柔軟な材料で流路を作成すると、フレキシブルな薄型熱輸送プレートを作成することができ、情報機器のさらなる高機能化を図ることができる(図6参照)。
解説6(チップの発熱予測): SIA(Semiconductor Industry Association)の予測によれば、LSIチップは2006年に、cost-performance chip(3,000ドル程度以下のnotebook PCなどに搭載するチップ)でも1cm2当たりの発熱密度は30W、high-performance chip(3,000ドル程度のhigh-end workstationなどに搭載するチップ)では50W程度に達する。この熱密度は、蒸気ボイラーや軽水炉で水から水蒸気を作る際に受ける熱密度や、宇宙船が大気圏に再突入する際に空気との摩擦により受ける熱密度に匹敵する高い値である。しかも、LSIは信頼性の観点から、80〜90℃以下に保たれている必要があり、LSIチップ冷却に対する技術的要求は極めて厳しい。
解説7(既存の放熱プレート): 狭義のヒートパイプを使用した放熱プレートが、既に開発されている。しかし、「狭義のHeat Pipe」が伝えられる最大熱量は管径が細くなると急速に減少し、数mmの外径の(狭義の)ヒートパイプでは現在のLSIチップの発熱量でも最大熱輸送量が問題化している。
 循環式熱輸送系の代替としての擬似超熱伝導プレート: 図7に示したように、CHPの特長(3)に注目すると、配管循環系を擬似超熱伝導プレートにより置き換えることにより、動力コストあるいは配管面積の低減を図ることができる。また、非侵襲外科手術用のカテーテルなどへの応用も考えられる。
 熱スイッチ、熱ダイオード機能を発現する擬似超熱伝導プレート: 特にCHPの特長(1)に注目し、擬似超熱伝導プレート流路を断熱材で作成すると、振動のon/offにより、熱を流したり遮断したりする熱スイッチあるいは熱ダイオードを構成することができる。因みに、図1のCOSMOS Heat Pipe(SiO2)と記した範囲は流路をガラスで作成した場合の見かけの熱伝導率の可変範囲推定値である。また、図8は、擬似超熱伝導プレートを蓄熱装置の熱スイッチや熱ダイオードとして利用した例である。