フォトリフラクティブ効果を用いた微小振動計測

高性能をフィールドへ


東京大学生産技術研究所

 

 


 



I.          フォトリフラクティブ効果を用いた振動計測の概要

東京大学生産技術研究所、黒田教授、志村助教授のグループでは、ヨエンスー大学(フィンランド)のカムシリン(A. A. Kamshilin)教授と共同で、光を用いた非接触の振動計測システムの研究を行っている。レーザー光源とフォトリフラクティブ結晶、1対の偏光子、光検出器からなる、ごく簡単なシステム構成にもかかわらず、振動振幅が10 nm以下のきわめて微小な振動まで検出可能である。本システムではレーザー光を振動物体に当て、その反射または散乱光の波面の動きを検出することにより振動を計測しており、光を散乱する物体であれば何でも測定が可能である。同時に非接触計測であるため、高温物体や傷つきやすい対象物でも測定が可能であり、被測定物体の制限が少ない。またフォトリフラクティブ効果の性質により低周波のノイズはカットされ、一定周波数以上の高周波の信号のみが検出されるという特徴を持つため空気の揺らぎ等の外乱に強い。これらの特徴はいずれもこのシステムが生産現場やフィールドなどの悪環境下での使用に適していることを示しており、今後の実際の応用が期待できる。

II.        応用例

考え得る応用例の一つとして固体内部の欠陥検査、例えばコンクリートの欠陥、金属中のクラックの検出があげられる。まずパルスレーザーを被測定物体の表面に当てて超音波のパルスを発生させ、材料内部の欠陥等からの反射パルスを本システムで検出し、その時間遅れから欠陥の深さを知ることができる。従来はこの検査法は圧電素子等を材料に接触させて超音波を計測していたが、本システムを使えば非接触の計測が可能となる。

もう一つの応用例は板状材料、たとえば高温の圧延鋼板などの厚さ測定への応用である。この場合も超音波パルスの往復時間から材料の厚さが計測できるが、高温で高速に移動している対象物であっても、本システムを用いれば非接触に実時間計測が可能である。

III.      すぐれた特徴を持つ理由

これは主にフォトリフラクティブ効果を用いた光計測であることに起因している。

フォトリフラクティブ効果とは光の明暗に応じて物質の屈折率が変化する効果の一種であり、光の明暗に応じて物質内の電荷分布が変化する現象である。内部的には光の明るい部分と暗い部分で電荷の片寄りが生じるために起こる現象であり、一様な光では効果は起きない。フォトリフラクティブ効果の性質として、屈折率変化は光強度に依存せず、コントラストのみに依存するという特徴があり、1 mW/cm2 以下の微弱光で十分な屈折率変化が得られる。このことが本システムで散乱光を用いた計測が可能である一因となっている。

IV.     振動の計測原理

本システムでの振動計測法の原理は以下の通りである。

まず振動物体にレーザー光を当てる。するとそこから散乱または反射された光は、波面(位相)が反射物体の振動に比例して振動する。散乱(反射)光を検出系に取りこみ、光の波面(位相)の振動を計測する。ここまでは至極簡単である。

さてここで問題になるのが、どうやって光の波面の振動を検出するか、という点である。本システムではレーザー光が粗面に当たったときにできるまだら模様である「スペックル」の動きを見る、という方法をとっている。

振動する粗面から散乱されたレーザー光の作るスペックル模様を可変開口(絞り)とレンズを通してフォトリフラクティブ材料中に絞り込んでやる。可変開口はスペックルの平均の大きさを調節するためのものである。回折効果により開口を小さくするほど、スペックルのまだら模様の平均直径は大きくなる。粗面が振動すると、それに応じて結晶中のスペックル模様も振動するが、フォトリフラクティブ効果によりスペックル模様に応じて結晶の「複屈折性」が場所ごとに変わる。(分布ができる)ただしここで作られる分布は振動するスペックル模様の時間平均が記録される。従ってスペックルの大きさに比べてスペックルの動きの大きさは十分に小さくなければならない。そうでないとスペックルは全面にわたって平均化され、光の強度は空間的に一様になってしまう。

この状態でスペックル模様が横移動すると、「結晶内の複屈折性の分布」とのずれにより、出力光の「偏光状態」が変化する。偏光子(特定の偏光成分のみを透過する光学素子)を通すことにより、偏光状態の変化が光強度の変化になる。

V.       システムパラメータの調節

V.1    測定ダイナミックレンジの調節

物体の振動振幅と出力信号が比例する理想的な測定が可能なのは、上に述べたようにスペックルの直径と振動振幅の比がある範囲内にあるときである。振動が小さすぎると出力が小さすぎ、ノイズに埋もれてしまう。逆に振動が大きすぎると、比例関係が崩れてしまう。この上限はスペックルの平均の大きさとスペックルの振動振幅との比で決まることになる。振動物体とフォトリフラクティブ結晶の間に置いた開口の直径を変えて、スペックルの平均直径を変えることができるので、測定対象に合わせて調節する事ができる。

V.2    除去するノイズの周波数の上限(カットオフ周波数)の調節

応答速度は比較的遅いが、本システムではこれを逆手に取り、フォトリフラクティブ効果が被測定物体の振動に追随できない部分を信号として取り出しており、逆にフォトリフラクティブ効果が追随できるゆっくりしたノイズ成分は、自動的にキャンセルされて信号としては出力されない。信号が検出できるかキャンセルされるかの限界周波数であるカットオフ周波数は材料固有のフォトリフラクティブ時定数により変えることができるため、適切な材料を選ぶことにより被測定物にあわせてカットオフ周波数を変えることができる。遅い材料としてはBaTiO3などの強誘電体、速い材料としてはGaAsInPなどの化合物半導体がある。またフォトリフラクティブ効果の応答速度は光強度に反比例する性質があるため、検出光強度を変えることによってもカットオフ周波数の微調整が可能である。

VI.     今後の展望

計測のニーズに合わせた実用システムの試作

現状は動作原理の確認と種々のシステム特性の評価を行った段階である。現実社会のニーズに合わせた実用システムの構築を目指したい。特に「現場」で使えるシステムとしての有効性を検証したい。企業との共同研究にも応じる準備がある。

VII.   本件に関する問い合わせ

志村 努

東京大学生産技術研究所

153-8505 目黒区駒場4-6-1 生研C棟3階Ce304

Tel:03-5452-6139, Fax:03-5452-6140

e-mail shimura@iis.u-tokyo.ac.jp

URL: http://qopt.iis.u-tokyo.ac.jp/

本研究はA. A. Kamshilin教授が本学「国際・産学共同研究センター」客員教授として在任中(1998.7-10)に始まった共同研究を継続しているものです。