技術とデザインのフュージョン
 ―世界初のテンセグリティドーム(ホワイト・ライノ)―


藤井 明教授・川口健一助教授

 東京大学生産技術研究所・千葉実験所構内に竣工した膜構造物について、現地にてその計画概要と構造特性を解説する。この建物の正式名称は「張力型空間構造モデルドーム観測システム」であるが、通称を「ホワイト・ライノ(white rhino)」という。ホワイト・ライノとは白犀のことである。名前の由来については現地に来ていただければ一目瞭然であろう。
 ホワイト・ライノはその正式名称から判るように、建物自体がひとつの原寸大の実験システムになっている。その最大の特徴は、屋根膜を突き上げる支柱に一対のテンセグリティ(tensegrity)を用いている点である。テンセグリティはバックミンスター・フラー(Buckminster Fuller)がtension(張力)とintegrity(完全無欠)から合成した造語であるが、そのオリジナリティを巡ってはケネス・スネルソンとの確執が伝えられている。そのあたりの経緯についても説明したい。
 連続する引張材と互いに非接触な圧縮材からなるテンセグリティは、空間を覆う引張材のネットワークの中に圧縮材が浮遊しているように見え、その視覚的な面白さと力学的な合理性から一時注目されたが、現実にはガラスのテーブルの脚やオブジェとして用いられてきたにすぎず、本格的な建物への適用例はない。ホワイト・ライノはその世界初の事例となるもので、テンセグリティの可能性と施工難度を実物大の空間として検証するために建設された。
 テンセグリティを実際の構造として使用しようとした時に、意外にも、最も基本的な構造についてさえも余りに多くのことが分かっていないことに驚かされる。多くの場合、テンセグリティのデザイナーは最小限の張力材数を志向するが、その結果として出来上がったテンセグリティは幾何剛性のみで安定化されている不安定構造になっている。このようなテンセグリティは荷重下での変位が極端に大きい。そのため、テンセグリティは「見た目には面白いが、変形が大きく建築としては使えない骨組み」とされたきた。
 しかし、実際のテンセグリティは多種多様で、上記の判断は必ずしも正しくない。テンセグリティを現実的な構造にするためには、複雑に絡まり合った棒やケーブルの幾何学と、その中を流れる目に見えない張力を完全に制御する必要がある。今回は、多数の模型制作と繰り返し行った非線形計算、そして実大実験により、このじゃじゃ馬構造を手なずけることに成功している。建設現場において人力で入れられる張力はせいぜい4トンであるが、テンセグリティの構造的に奇妙な振る舞いを逆手にとることにより、最大22トンの張力を油圧や電力を使わず人力による締めつけだけで入れることが可能になっている。
 この建物は構造体だけでなく、随所に膜構造物の可能性を試すための新素材膜が使用されている。屋根面と外壁は酸化チタン光触媒コーティング膜が用いられている。酸化チタンは光触媒機能により有機物分解機能と超親水性を発揮して有機物を酸化分解する。そのため、この膜材は紫外線が当たると膜表面の汚れが自動的に除去でき、自浄作用を持っている。これを用いることにより、防汚性に優れ、透光性の劣化しない膜空間の実現が可能になっている。
 他に、この建物ではガラス繊維織物に天然石粉末とアクリル系エマルジョン樹脂をコーティングしたグラニットシートや、金属粉末とアクリル系エマルジョン樹脂をコーティングしたメタルシートなどの新素材が随所に使用されている。これらの新素材膜の本格的な建物への適用もホワイト・ライノが初めてである。この建物には工学関係の実験施設が収容されるが、今後も新素材膜の性能試験や構造的な変位が継続的に観測される予定で、建物全体が構造と素材の実験の場を兼ねている。
 なお、この建物は生産技術研究所と太陽工業株式会社との共同研究の成果として建設されたものである。

建物名称 ホワイト・ライノ(張力型空間構造モデルドーム)
 所在 千葉県千葉市稲毛区弥生町 東京大学生産技術研究所千葉実験所
設計
 建築:東京大学生産技術研究所藤井研究室 担当=藤井明、槻橋修
 構造:東京大学生産技術研究所川口研究室 担当=川口健一、呂振宇
 協力:太陽工業 担当=珠玖義樹、久保里奈、桑原昌之
監理
 東京大学生産技術研究所施設掛
施工
 建築:太陽工業 担当=大島瑞穂、田中真也
 電気:由井電気工業 担当=持永敏和
構造
 主体構造:鉄骨造(一部鉄筋コンクリート造)
 その他:骨組み膜構造、サスペンション膜構造
 基礎:独立基礎
 階数:地上1階
 設計期間:2000年6月〜2000年12月
 施工期間:2001年1月〜2001年6月
 建築面積:598.68m2
 延床面積:598.68m2
 地域地区:第1種住居地域
 特殊な敷地環境:大学構内
 道路幅員:西5m、南4m
 天井高:16m
 最高軒高:6m
 最高高さ:19m


配布資料
 
 写真