「第27回生研記者会見」資料                   2000年11月8日(水)10:30-11:30

 

新仮説・理論・解析法の提唱

-焼結材料学において-

東京大学生産技術研究所

 

1.  まえがき

物質・生命大部門の焼結材料学研究室においては,次の3点を目的とした研究を行っている.

I)金属やセラミックスの粉末の焼結と焼結材料組織に関する新仮説・理論・解析法の構築・提唱

II)焼結材料の組織と機械的特性との関係の解明と特性改良および新解析法の考案・提唱

III)新型の焼結材料の開発・提唱

これらのうち,産業界で行い難く,かつ産業界と学界で要望が強い「新仮説・理論・解析法の提唱」を重視して研究を行っている.この理由は,仮説・理論・解析法は,現象の説明,既存材料の特性の改良,新型材料や新製造技術の開発などの基盤となり,技術などに比べて一般に汎用性・普遍性が高いことによる.今回は,(I) に関連する次の3つの研究成果を紹介する.

(1)「核-縁組織における核内の原子空孔の枯渇」説

(2)「粉末の焼結緻密化遅滞に対する還元生成ガスの平衡圧」理論

(3)「超微粒超硬合金における異常粒成長」の解析用の式

これらを理解するのに必要な予備知識として,焼結現象,焼結材料の種類と製造法および焼結による粉末成形体の緻密化と分散粒子の成長についての概要をあらかじめ述べる.

粉末の成形体を主成分の融点以下の温度で加熱すると,粉末粒子同士が互いに接着すると共に粒子間の空隙が収縮し,成形体が緻密化する.この現象を「焼結」という.焼結温度としては,単成分系では固相状態,2成分系以上では多量成分は固相で少量成分は一般に液相の状態となる温度が設定される.焼結現象を利用して材料・部品を製造する方法は,焼結法または粉末冶金と呼ばれる.本方法は,(i) 溶解・鋳造法などでは所望の特性が出せない成分系の材料を作製できる,(ii) 溶解・鋳造法などを用いるよりも経済的に部品を製造できる,などの場合に採用される.製造される材料と部品をそれぞれ焼結材料,焼結部品という.金属系の焼結材料・部品としては,希土類磁石,焼結機械部品,射出成形部品,切削工具用超硬合金またはTiC基サーメット,集電すり板,ブレーキ材料などがあり,セラミックス系では誘電体,バリスター,PTCRセラミックス,構造用セラミックス(アルミナ,窒化珪素)などがある(1.5兆円/年) .

これらの焼結材料・部品は,(i) 構成成分となる各種の粉末を目的の化学組成に配合,(ii) ボールミルなどで十分に混合,(iii) 金型などを用いて所定の形状に成形,(iv) 加熱炉を用いて焼結する,などの工程により,製造される.

固相状態での焼結および焼結時の組織変化は,原子(A)が拡散することにより起こる.固相におけるAの拡散は,図1に示すように,一般に原子空孔(V)を介して起こる.Vがなければ,一般にAの拡散は起こり得ない.AとVの移動方向は,互いに逆向きである.固相焼結における空隙の収縮は,図2に示すように,孤立空隙の内面に作用する表面張力に起因して生じる表面応力 H(g:表面張力,r:曲率半径)に基づいて起こる.すなわち,表面応力(引張りの力)により,孤立空隙の近傍のVの平衡濃度が他の場所での値より大となることから,Vは空隙から結晶粒界(Vの消滅場所)へ向かって拡散し,Aは結晶粒界から空隙に向かって拡散するため,空隙が収縮・消滅し,従って成形体が緻密化する.

固相+液相状態での焼結では,固相粒子の平均粒度(粒子径)は粗大化する.これは,図3に示すように,固相の液相中への平衡溶解度(S)が微粒となるほど増大する(S0<SL<SF)ことに起因する.すなわち,(i) 小粒子が液相中へ溶解し,(ii)この溶解成分(溶質)がその濃度の低い方向すなわち大粒子側へ向かって拡散し,(iii) 大粒子上へ析出する,の3過程が継続して起こることから,小粒子は収縮・消滅すると共に大粒子は成長することによる.

 

 

 

2.  研究成果

(1)「核-縁組織における核内の原子空孔の枯渇」説

背景と現象:二珪化鉄FeSi2は高温用熱電材料として注目されている.このFeSi2は,FeSiとFe2Si5とが約980oC以下の温度で包析反応することにより生成する.すなわち,図4に示すように,FeSi2はFeSi粒子を包み込むように成長する.このため,FeSi粒子を核とし,生成したFeSi2を縁とする組織となる.FeSi核は,加熱すると平衡状態ではなくなるはずものであり,また熱電特性上もなくなることが望ましいが,実際には長時間加熱してもなくなり難い.類似現象はTiC基サーメットなどでも見られる.

従来説:図4に示すように,FeSi2縁が,包析反応の進行と共に厚くなる結果,反応に必要なSi原子の拡散距離が増大することにより,反応が遅滞する.

新仮説:図5に示すように,包析反応に必要なSi原子がFeSi/FeSi2界面に拡散するためには,FeSi核内のVがその周囲のFeSi2縁とFe2Si5母相へ向かって逆向きに拡散しなければならない.しかし,核はその全周囲を縁に囲まれていることから,Vは核の外部から供給され難い.したがって,核内の,Vの供給源である転位(一種の原子面欠陥)などが消滅すると,「核内のVが枯渇」し,このため包析反応は遅滞する.本仮説によると,残留FeSiをなくすには,FeSi粒子が空間(Vの供給源)と接触した状態で焼結,例えばFeSi+Fe2Si5混合粉末を焼結をすることなどが有効である,と示唆される.

 

 

(2)「粉末の焼結緻密化遅滞に対する還元生成ガスの平衡圧」理論

背景と現象:複雑形状の粉末射出成形機械部品作製用の主原料粉としては,金属微粉(5~15mm)が用いられる.この焼結体の相対密度は,60%から93%までは容易に到達するが,材料特性上望ましい100%とならずに,一般に95%程度で停滞する.

従来説:図6に示すように,結晶粒成長により,Vの消滅場所である結晶粒界が孤立空隙から分離する.このため,孤立空隙から放出されるVの,結晶粒界までの拡散距離が増大することによる(「結晶粒界と孤立空隙の分離」理論による説明) .

新理論:図7に示すように,金属酸化物が空隙収縮後も若干残留し,これが金属中の炭素または焼結雰囲気ガスの水素によって還元されることにより,COまたはH2Oガスが生じる.これらのガスが孤立空隙内に閉じ込められる.それらの平衡圧(P) ,例えば Kは Nで与えられる(aは活量,DG0は還元反応の標準

自由エネルギー変化,Tは温度) .これらの平衡圧が,空隙の収縮の駆動力である表面応力 +に比べて大であると,孤立空隙の収縮すなわち粉末成形体の緻密化が遅滞する.本理論によると,完全緻密化には, (または )が ,よりも小さい元素の添加が効果的であることが示されるが,この点は実証・応用している.

 

(3)「超微粒超硬合金における異常粒成長」の解析用の式

背景と現象:IC基板の孔開けドリル用のWC基超微粒超硬合金 (VCなどの粒成長抑制剤を少量添加) のWC粒度は,細かいほど耐摩耗性が向上するが,実際には約0.5μm以上とされている.これは,さらに微粒にすると,焼結時にWCの異常粒成長が起こりやすくなるためである.しかし解析用の粒成長速度式がなかったことから,その原因は不明であり,具体的な技術的対策が立てられなかった.

新解析式:WCの粒成長の律速段階は界面反応であることを前提とする粒成長解析用の新速度式を考案した.同式を用いて,焼結後の平均粒度と粒度分布を初期条件の関数で数値計算することにより,(i) 粗細混粒の粉末を用いると,細粒の初期粒度( 4)が0.1~0.2μm以下では,数値計算結果例を図8に示すように,粗粒の異常粒成長 Dが本質的に起こること,(ii) 通常の粒度分布(正規分布)で平均粒度 Fが0.1mm以下の粉末を用いても,図9に示すように,標準偏差(s0)によらず,焼結後の平均粒度  は約0.4mmへと粗大化することなどが示唆される.これらは,実験結果と良く一致する.本数値計算結果によると,より微粒の超硬合金を作るには,均粒のWC粉製造法を開発するのではなく,(i)  新しい粒成長抑制剤の探索,(ii) W(C, N) などの新規物質の合成とその利用,などが必要であることを示す.なお,本解析式は,一般の粒子分散型合金でも,粒成長の律速段階が界面反応であれば応用できる.

 

 

 

 

 

【本研究に関する問い合わせ先】 焼結材料学研究室 林 宏爾  E-mail: khayashi@iis.u-tokyo.ac.jp