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【記者発表】アモルファス物質の低温物性異常の起源を解明

〇発表者:
田中 肇(東京大学名誉教授/東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー(特任研究員))
フー ユアンチャオ(研究当時:日本学術振興会 外国人特別研究員、現在:エール大学研究員)

〇発表のポイント:
◆乱れた構造を持つアモルファス物質(注1)の振動状態は、規則的な構造を持つ結晶とは大きく異なることが知られている。今回、ボゾンピークとして知られる、アモルファス物質に普遍的にみられる振動状態の異常性の起源を解明することに成功した。
◆アモルファス物質の低温における比熱や熱伝導特性の異常性が、有限な長さを持つ一次元的なひも状の粒子の協同的な振動に起因していることを初めて明らかにした。
◆この発見により、構造の乱れのため結晶に比べ理解が遅れているアモルファス物質の物性の解明が大きく進むことが期待される。

〇発表概要:
 規則的な構造を持つ結晶の粒子は、低温においては全体の協調性を保ちながら音波(フォノン:注2)として振動することが知られています。一方、乱れた構造を持つアモルファス物質の粒子は、結晶とは大きく異なる振動状態を持つことが古くから知られています。具体的には、ボゾンピークと呼ばれる、ある周波数でピークを持つ過剰な振動状態密度(注3)が存在し、それがアモルファス物質の低温における比熱や熱伝導特性が結晶とは大きく異なる原因となっていることが指摘されていました。
 田中 肇 東京大学名誉教授(東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)と東京大学 生産技術研究所のフー ユアンチャオ 外国人特別研究員(研究当時)の研究グループは、複数の二次元のアモルファス固体の分子動力学シミュレーションにより、ボゾンピークとして知られる過剰な振動状態の起源が、有限の長さの一次元的なひも状の粒子群の協同的な振動に起因していることを発見しました(図)。これまでは過剰な振動状態密度の起源は、アモルファス物質の硬さが空間的に不均一であることによるフォノンの擾乱(散乱)によるという説が有力と考えられてきました。今回の発見は、従来の説を明確に否定するとともに、新しい機構を提案するものです。また、このような空間的にある程度の広がりを持った協同的な粒子の振動(準局在振動:注4)は、アモルファス状態のある種の構造欠陥に由来したものと考えられてきましたが、今回の発見は、これとは全く別のこれまで知られていなかったタイプの準局在振動モードが存在することを示しています。
 この成果は、アモルファス物質の乱れた構造がもたらす、結晶とは大きく異なる物性の基礎的な理解に貢献するだけでなく、アモルファス物質の低温熱物性の制御にも大きく貢献するものと期待されます。
 本研究成果は2022年6月6日(英国夏時間)に「Nature Physics」に掲載されました。

〇発表内容:
 結晶の粒子は、低温においてフォノンとして知られる協同的な熱振動をしており、その状態はデバイ理論(注5)により説明されることは、現在では教科書的な知識となっています。一方、アモルファス物質は結晶とは大きく異なる低温熱物性を示すこと、また、その異常性にはアモルファス物質の物質種によらない普遍性があることが、半世紀以上前に、ゼラーとポールにより発見されました。それ以来、その異常な低温熱物性の起源は大きな注目を集めてきましたが、アモルファス物質の構造が規則性をもたないため、解析的なアプローチが極めて困難であり、さまざまな説が提案されたものの、未だにコンセンサスはなく、固体物理学における重大未解明問題として長年残ってきました(参考文献1)。

 アモルファス状態の振動状態密度をデバイ理論の予測と比べると、ボゾンピークとして知られる、ある周波数で最大となる過剰な振動状態密度が存在し、それがアモルファス物質の低温における比熱や熱伝導特性が結晶とは大きく異なる原因となっていることが指摘されていました。したがって最大の問題は、その過剰な振動状態密度、すなわちボゾンピークの起源は何かということになります。

 本研究グループは、複数の二次元のアモルファス固体の分子動力学シミュレーションにより、ガラス状態の振動状態を体積変化を伴う振動と、伴わない振動とに分け詳細に解析しました。その結果、ボゾンピークの周波数付近に振動周波数を持つ体積変化を伴わない過剰な振動状態が存在することを発見するとともに、その起源が、有限の長さの一次元的なひも状の粒子群の協同的な振動に起因していることを見出しました(図)。さらに、複数の二次元ガラス系にこのような振動モードが普遍的に存在することを示しました。これまでは、ボゾンピークとして知られる過剰な振動状態密度は、アモルファス物質の硬さが空間的に不均一であることによるフォノンの散乱によるという説が有力と考えられてきましたが、今回の発見はこれらの従来の説を明確に否定するとともに、新しい物理的機構を提案するものです。またこの結果は、同グループが2008年に見出したボゾンピークの周波数が、横波(注6)音波が波として伝播できなくなる限界周波数(イオフェ・レーゲル周波数)と一致するという発見(参考文献2)にも明確な理由を与える結果です。

 これまではこのような空間的にある程度の広がりを持った協同的な振動(準局在振動)は、アモルファス状態のある種の欠陥に由来したものと考えられてきました。このタイプの振動が、振動の際に体積変化を伴うのに対し、今回発見された一次元的な振動は、振動に際し体積変化を伴わないことを見出しました。つまり、今回の発見は、従来知られていなかった全く別のタイプの準局在振動モードが、アモルファス物質に普遍的に存在することを示しています。

 この成果は、アモルファス物質特有の乱れた構造がもたらす、結晶とは大きく異なる粒子の協同的な振動様式の存在を明らかにしたもので、結晶とは大きく異なるアモルファス物質の低温における比熱や熱伝導度といった物性の基礎的な理解に大きく貢献することが期待されます。また応用面では、アモルファス物質の振動状態を制御することで、熱物性の制御が可能になると期待されます。

 本研究は、日本学術振興会 特別推進研究(JP20H05619)、基盤研究(A)(JP18H03675)、外国人特別研究員制度(JP19F19021)の支援を受けて実施されました。

参考文献
[1]P. W. Anderson, Through the glass lightly, Science 267, 1615 (1995).
[2]H. Shintani, H. Tanaka, Universal link between the boson peak and transverse phonons in glass, Nature Materials 7, 870-877 (2008).

〇発表雑誌:
雑誌名:「Nature Physics」(6月6日)
論文タイトル:Origin of the boson peak in amorphous solids
著者:Yuan-Chao Hu and Hajime Tanaka
DOI 番号:10.1038/s41567-022-01628-6

〇問い合わせ先:
東京大学名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー
田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
E-mail:tanaka(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

〇用語解説:
(注1)アモルファス物質
 結晶構造を持たない物質の状態のことを言います。一般に、固体には、粒子が規則正しく並んだ結晶と、粒子が不規則に配列したアモルファス(非晶質)と呼ばれる2種類の状態が存在します。

(注2)フォノン
 物質を構成する粒子は、絶対零度においては静止していますが、有限温度の下では、熱振動が誘起されます。その際に励起される粒子の協同的な音波的振動をフォノンと呼びます。

(注3)振動状態密度
 微小なエネルギー(周波数)区間内に存在する、振動状態の数の分布を記述する物理量。

(注4)準局在振動
 音波(フォノン)の様に空間的に広がった振動と、粒子個々の振動の様に空間的に局在した振動の中間の空間的広がりを持った振動のこと。

(注5)デバイ理論
 固体におけるフォノンの比熱への寄与を説明するために、デバイにより提案された理論。

(注6)横波
 波は液体や固体などの媒質の振動が伝播する現象ですが、媒質の振動が波の進行方向に対して平行であるものを縦波といい、垂直であるものを横波といいます。

〇添付資料:
田中先生.png
図 二次元モデルガラスにおける周波数に依存した周波数で規格化されたボゾンピーク強度の空間分布。a~f は、周波数0.4、0.8、1.4(~ボゾンピーク周波数付近)、2.0、2.8、3.6に対応。一次元的なひも状やリング状の振動パターンが、ボゾンピーク周波数付近で最大化されることがわかる。低周波(a、b)では、別のタイプの孤立した準局在モードに典型的な四つ葉のパターンを見ることができる。高周波数(f)では小さいユニットのミクロな振動が見られる。

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