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【記者発表】日本中の河川をモニタリング!『Today's Earth – Japan』〜氾濫の危険を30時間以上前に予測〜

○発表者:
馬 文超(東京大学 生産技術研究所 特任研究員)
石塚 悠太(マサチューセッツ大学 博士課程)
芳村 圭(東京大学 生産技術研究所 グローバル水文予測センター センター長/教授、宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門 地球観測研究センター 主任研究開発員)
山崎 大(東京大学 生産技術研究所 准教授)
日比野 研志(東京大学 生産技術研究所 助教)
山本 晃輔(宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門 地球観測研究センター 研究開発員/東京大学 生産技術研究所 協力研究員)
可知 美佐子(宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門 地球観測研究センター 研究領域主幹)
沖 理子(宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門 地球観測研究センター 研究領域上席)

○発表のポイント:
◆構築した洪水予測システム「Today's Earth - Japan」(以下、TE-Japan)による2019年の台風19号(Hagibis)の予測検証では、堤防決壊地点142箇所中130箇所(捕捉率約91%)で、被災前に警戒情報を出せることを確認しました。
◆洪水予報は、国の機関のみが行うことができ、国の洪水予報のリードタイム(予報発出時刻から将来予想される発災時刻までの時間)は6時間までですが、TE-Japanでは30時間以上前から予測可能となりました。
◆地球温暖化等で極端な気象現象が発生するなか、洪水による被害を軽減するために、国の機関以外による洪水予報の可能性を示しました。

○発表概要:
 昨今頻発する洪水被害の軽減を目的に、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 地球観測研究センターと国立大学法人東京大学 生産技術研究所の共同研究グループは、日本中の河川の流量や氾濫域を推定・予測できるシステム「Today's Earth - Japan」(以下、TE-Japan)を開発・運用してきました。この度、2019年に多数の洪水被害を起こした台風19号(Hagibis)の事例についてTE-Japanでの予測実験結果を検証することで、実際の堤防決壊地点142箇所中130箇所(捕捉率約91%)において、決壊の30時間以上前から警戒情報を出すことができていたことを確認しました。本成果は英国ネイチャー・リサーチ社が発行するオンライン学術雑誌「Scientific Reports」(5月13日発行、11巻,10213)に掲載されました。
世界の自然災害による経済被害額の年平均値において、洪水は全被害額の約5分の1を占めるとされ、地震と同程度となっています。日本においても近年毎年のように洪水によって大きな被害が出ており、洪水による被害を軽減することが世界中で極めて重要かつ喫緊の課題です。現在、国が行っている洪水予報は、正確である分、リードタイムが6時間程度(洪水発生予測時刻の6時間前に公表)となっています。TE-Japanでは30時間以上前から予測可能なことから、洪水前の避難だけではない様々な防災ニーズに合わせた情報提供の可能性があります。
 現在、我が国では気象業務法により気象庁以外による洪水予報は許可されていませんが、研究目的に限っての予報は許容されており、TE-Japanの予測データは内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)第二期の研究課題の1つである「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」で構築する災害発生場所推定システムや、東京大学との委託研究の枠組みに協力機関として参加いただいている機関(公共メディア、地方自治体等)に対し、試験的に情報提供を行っています。 また、2021年より開催されている「洪水及び土砂災害の予報のあり方に関する検討会」において、本研究を含む近年の技術開発を背景に、洪水予測の情報発信のあり方が見直されてきており、今後国の機関以外による洪水予報の可能性が期待されます。
 今後、より精度の高い洪水リスク情報の提供を目指し、引き続きシステムの高度化を進めていきます。

○発表内容:
●研究の背景
 2000年から2019年の世界の自然災害による経済被害の総額において、洪水は約6,510億米ドルと全被害額の約5分の1を占めるとされ、地震と同程度となっています(国連防災機関、2020)。日本においても2018年7月西日本豪雨、2019年10月台風19号、2020年7月九州豪雨など、近年毎年のように洪水によって大きな被害が出ています。洪水による被害を軽減することが世界中で極めて重要かつ喫緊の課題です。
 特に近年、数値気象予測(Numerical Weather Prediction; NWP)の全体的な精度向上により、数時間後はもちろん数か月後までの降水予測でさえも、ある程度の信頼性をもって利用が可能となってきています。加えて、洪水予測に用いられるモデル標高・土地利用等の数値水文地形情報の充実、衛星を含む河川水文観測網の充実、数値モデリングの改良及び計算機資源の増大等により、時空間スケールに様々な洪水現象の予測、すなわち数値洪水予測(Numerical Flood Prediction; NFP)が実用的なレベルになってきています。

●研究内容・結果
 東京大学生産技術研究所と宇宙航空研究開発機構地球観測研究センターの共同研究グループでは、全球や日本域の陸上の水循環に関わる物理量(土壌中の水分量や河川流量など)を統合的に推定するシミュレーションシステム「Today's Earth」を10年以上に渡り開発・運用してきました。その日本域バージョン「Today's Earth - Japan」として、気象庁が提供する全国合成レーダー降雨量及び数値気象予測データを入力値として用い、降雨流出過程モデルと河川流下過程モデルを組み合わせた数値モデルに与え、日本全国0.05度(約5km)間隔で、1日8回(3時間毎)土壌水分量や蒸発散量、河川流量、河川水位等の陸域水文量の現況解析及び39時間後までの予測を行う数値洪水予測システムを構築しました(図1)。特に、河川水位については、過去10数年間のシミュレーションについて日本全国約850箇所の水位観測所において予測精度を検証した上で、すべての格子(注1)において過去のシミュレーションに基づき、統計的な「珍しさ」を示す再帰年数(リターンピリオド)を示すことで、予測された河川水位の危険性を示すようなシステムになっています。本研究では、システムで予測された河川水位が再帰年数200年(200年に一度)のレベルを超えたときを「アラート」と定義し、2019年10月の台風19号を対象として、「アラート」と堤防決壊箇所と比較することでシステムの予測可能性を検討しました。
 2019年の台風19号は、東日本を中心に計142箇所の河川堤防が決壊するという、極めて甚大な被害をもたらしましたが、まず、決壊した142箇所に対応する格子で「アラート」が出されていたかを調べたところ、130箇所で「アラート」(捕捉率は約91%)が出されていました(図2)。次に、決壊時刻が報告されて「アラート」も出されていた80箇所の記録を用いて、予測のリードタイム(予報発出時刻から初めて「アラート」が出された時刻までの時間)を調べました。図3は、各水系での堤防決壊箇所ごとに、水色のバーは予測のリードタイムを、オレンジ色のバーの右端は、実際に決壊した時刻を示しています。この図より、各決壊箇所での予測のリードタイムは15時間から38時間までばらつきがあるものの、平均して約32時間であることが分かりました。
 次に、空振り率(注2)を調べたところ、台風19号の期間全体で、542の格子で一度以上の「アラート」が発出されており、空振り率は76%でした。ただし、空振り率は時間とともに変化することも分かっており、10月11日午前3時の時点では90%程度でしたが、同日午前9時以降は70%前後を推移し、12日午後9時には60%程度にまで下降していました。河道沿いの堤防は、河川水面と水平になるように作られているため、増水時には河道に沿って長い範囲で、ある程度一様に水位が堤防の高さに近づくことになり、堤防決壊の危険性は長い範囲で生じます。本システムの「アラート」も同様に、河道に沿って長い範囲で発出されます。一方で、そのうちどこか一箇所で堤防が決壊すると、その箇所以外の長い範囲で発していた「アラート」はすべて空振りになります。このような観点から図4では、決壊した堤防があった水系の主要河道を赤、決壊した堤防がなかった水系の主要河道を青、システムの「アラート」発出格子を黒点で示しており、決壊した堤防を含む赤い河道に沿って多くの「アラート」が発出されていて、さらに青い河道にも「アラート」が発出されていることが分かります。

●社会的意義・今後の予定
 我が国の気象業務法では、『気象庁以外の者が気象、地象、津波、高潮、波浪又は洪水の予報の業務を行おうとする場合は、気象庁長官の許可を受けなければならない』(17条1項)とあり、さらに、気象等の予報業務の許可等に関する審査基準において、『洪水の予報業務については、防災との関連性の観点等から、当面許可しないこととする』と記されており、気象庁以外による洪水予報は許可されていません。しかしながら、2021年より開催されている「洪水及び土砂災害の予報のあり方に関する検討会」(注3)の検討内容に示されているとおり、本研究を含む近年の技術開発を背景に、洪水予測の情報発信のあり方が見直されてきていることも事実です。現在、国が行っている唯一の洪水予報は、正確ではありますがリードタイムが6時間程度です。予測情報の乱立は、緊急時に余計な混乱を生むなどの弊害もありますが、避難だけではない様々な洪水対策のニーズに合わせた情報提供のため、国の機関以外による洪水予報、対策の可能性が期待されます。
 なおこの研究は、文部科学省の委託事業により開発・運用されているデータ統合解析システム(DIAS)にて行われた「地球環境情報プラットフォームの構築」 JPMXD0716808999・「水課題アプリケーションの開発」JPMXD0716808979、文部科学省統合的気候モデル高度化研究プログラム領域テーマA「全球規模の気候変動予測と基盤的モデル開発」JPMXD0717935457、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」のテーマII「被災状況解析・予測」、及び(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費S-20(JPMEERF21S12020)の一部として行われました。

○発表雑誌:
雑誌名:「Scientific Reports」(5月13日発行、11巻,10213)
論文タイトル:Applicability of a nationwide flood forecasting system for Typhoon Hagibis 2019
著者:Wenchao Ma*, Yuta Ishitsuka, Akira Takeshima, Kenshi Hibino, Dai Yamazaki, Kosuke Yamamoto, Misako Kachi, Riko Oki, Taikan Oki, Kei Yoshimura*
DOI番号:10.1038/s41598-021-89522-8

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所 グローバル水文予測センター
センター長/教授 芳村 圭(よしむら けい)
Tel:+81-4-7136-6965  Fax:+81-4-7136-6965
E-mail:kei(末尾に@iis.u-tokyo.ac.jpをつけてください)
URL:https://isotope.iis.u-tokyo.ac.jp/

宇宙航空研究開発機構
第一宇宙技術部門事業推進部
E-mail:STD1-kouhou(末尾に@ml.jaxa.jpをつけてください)

○用語解説:
(注1)格子
日本域数値洪水予測システム「Today's Earth - Japan」において、日本を含む領域を等緯度間隔・等経度間隔に区切ったもの。

(注2)空振り率
洪水予測システムから「アラート」が発出されたが、その格子内で堤防決壊が起きなかった格子の割合。

(注3)「洪水及び土砂災害の予報のあり方に関する検討会」へのリンク
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/shingikai/kentoukai/arikata/20210106_arikata.html

○添付資料:
図_1.png
図1:本研究で構築した数値洪水予測システムの概要

図_2.png
図2:台風19号によって決壊した堤防の位置と、その決壊箇所に対する「アラート」の有無を示した図。○印(全80箇所)は「アラート」有りかつ決壊時刻の記録のある決壊箇所で、丸の大きさでリードタイムの長さを示している。□印(全50箇所)は「アラート」有りかつ決壊時刻の記録のない決壊箇所を示す。+印(全4箇所)は「アラート」無しかつ決壊時刻のある決壊箇所、◇印(全8箇所)は「アラート」無しかつ決壊時刻のない決壊箇所を示す。

図_3.png
図3:図2の○印の80箇所における、「アラート」を発出した予測の開始時刻(水色のバーの左端)と「アラート」の時刻(水色のバーの右側)の関係。水色のバーの長さはリードタイム(「アラート」が発出された予測について、予測開始時刻から「アラート」時刻までの時間)を示す。オレンジのバーの右端は、実際の決壊時刻を示している。

図_4.png
図4:堤防決壊があった水系の河道(赤線)となかった水系の河道(青線)と、「アラート」発出格子点(黒点)。

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