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【記者発表】水中で機能する有機電子デバイスセンサを開発~簡便で高感度な水中化学種検出を目指して~

○発表者:
南 豪(東京大学 生産技術研究所 准教授)
佐々木 由比(東京大学 生産技術研究所 日本学術振興会特別研究員(PD))
浅野 康一郎(東京大学 生産技術研究所 修士課程2年)

○発表のポイント:
◆水への脆弱性が指摘されている有機トランジスタデバイスにおいて、水をあえて構成部材として用いた有機トランジスタ型センサの開発に成功しました。
◆作製した有機トランジスタ型センサに分子認識部位を有する高分子半導体を採用することで、水中に存在する除草剤「グリホサート」の高感度かつ高選択的な検出に成功しました。
◆今後、病気診断や環境計測などを指向した小型有機デバイス開発の加速的展開が期待されます。

○発表概要:
 水中での化学種検出は環境測定や、生化学において重要であり、簡便で定量的な検出法が求められています。有機トランジスタ(注1)は小型かつ電気的な読み出しが可能であり、化学センサ(注2)のプラットフォームになり得ると言えます。しかし、従来の有機トランジスタでは、水に曝露すると著しく劣化するため、水中で使用できるセンサ設計が目下の課題でした。東京大学 生産技術研究所の南 豪准教授らの研究グループは、あえて有機トランジスタの構成部材として水を用いた有機トランジスタを化学センサに適用し、水中に存在するグリホサートの検出を行いました。グリホサートは人体や環境への影響が示唆されている除草剤で、欧米諸国での使用が規制されていることから、その検出の必要性が高まっている化学種です。本研究では、分子認識部位を導入した高分子を有機半導体として用いることで、グリホサートの非常に高感度な検出に成功しました。本研究によって水系中で使用可能な有機トランジスタ型センサによる化学種の検出が達成されたことから、病気診断や環境計測などを指向した小型有機デバイス開発の加速的展開が期待されます。

○発表内容:
 有機薄膜トランジスタ(OTFT)はドレイン、ソース、ゲートの3つの電極から構成され、活性層に有機半導体材料を用いた電子デバイスです。ゲート、ソース間に電圧を印可することで有機半導体層に電子ないしホールのキャリアを注入し、電界制御によってドレイン、ソース間電流のON/OFFの切り替えを可能とします。スイッチング特性を有する当該デバイスに分子認識部位を適切に導入することで、標的種の捕捉に伴い、ドレイン電流および閾値電圧が変化します。換言すると、OTFTは分子認識情報を定量的に読み出すことができる電子デバイス型センサのプラットフォームになり得ると言えます。従来の大型の機器分析装置を用いる分析手法と比較し、OTFTセンサは小型かつ簡便に使用できるため、実用的側面から高い汎用性が期待されます。センサの使用用途に着目すると、環境分析や生理条件下での分析が主目的となり、すなわち水中で機能するセンサ開発が望まれます。他方、OTFTは、センサへの可能性が示唆される一方で、水に曝露すると著しく劣化するため、水中で使用できるセンサ設計が目下の課題でした。そこで本研究では、あえて構成部材に水を使用した水ゲート型有機トランジスタ(WG-OTFT:注3)に着目し、水系中で使用可能な化学センサとしての応用を試みました。特徴として、半導体/水溶液界面に生じる電気二重層(EDL)がキャパシタとして機能するため、非常に低電圧(0.5 V以下)でのデバイス駆動が可能になります。本研究における検出例として、欧米の農業分野で広く普及している除草剤であるグリホサート(GlyP)を選定しました。GlyPは2015年に国際がん研究機構から発がん性の疑いのある物質として認定されており、当該種の簡便な検出は意義深いと言えます。
 WG-OTFT型GlyPセンサの設計において、サイドゲート構造を選定し、高分子半導体を用いたドロップキャスト法による簡便なセンサ作製を目指しました(図1)。GlyPの検出機構では、側鎖に分子認識部位を導入したポリチオフェン誘導体(PT:注4)を採用し、銅(II)イオン(Cu2+) を組み合わせ、競合応答によるGlyPの検出を試みました。半導体/水溶液界面においてPT-Cu2+複合体が形成されます。続いて、水溶液中にGlyPを添加すると、結合能の違いによってCu2+はポリチオフェン側鎖から引き抜かれ、その界面の電荷変化をトランジスタ特性の変化として鋭敏に読み出すことができます。さらに、π共役系高分子を用いることで分子ワイヤー効果(注5)による高感度検出も期待できます。当該検出機構に基づき、水中におけるGlyPの検出を試みたところ、当該種の濃度増加に伴いWG-OTFTのドレイン電流値の減少が確認され、その検出感度は0.26 ppmと算出されました(図2左)。注目すべきは、Cu2+が非存在下の条件ではGlyPを添加してもトランジスタ特性は全く変化せず、当該応答は競合応答に基づきGlyPの検出を達成したことを示唆しています(図2右)。さらに、同一のPT誘導体を用いた蛍光センサでは、GlyPに対する検出感度は0.95 ppmと算出され、WG-OTFT型センサの有用性が明らかとなりました。最後に他のアニオン種に対する選択性を調査したところ、GlyPに対する強い応答が確認されました(図3)。本応答は、Cu2+に対するGlyPの多点的な配位が起因したものと考察されます。
 本研究では、水中で機能する有機トランジスタ型センサの具現化と、GlyPを具体例とした高感度かつ高選択的標的種の検出に成功しました。更なる展開として、現在はWG-OTFTとマイクロ流路デバイス(注6)一体型センサを構築し、リアルタイムモニタリング検出を目指したセンサの開発に取り組んでいます。本センサシステムの確立は、環境分析のみならず、食品分析や薬理学分野といった多岐領域で利用されるセンシングデバイスの開発に繋がることが期待されます。

○発表雑誌:
雑誌名:「Chemistry A European Journal」(Volume 26, Issue 64, Pages 14525-14529 出版日:2020年11月17日)
論文タイトル:A Water‐Gated Organic Thin‐Film Transistor for Glyphosate Detection: A Comparative Study with Fluorescence Sensing
著者:Yui Sasaki, Koichiro Asano, Tsukuru Minamiki, Zhoujie Zhang, Shin-ya Takizawa, Riku Kubota, Tsuyoshi Minami
DOI番号:10.1002/chem.202003529

○問い合わせ先: 
東京大学 生産技術研究所
准教授 南 豪(みなみ つよし)
Tel:03-5452-6364  Fax:03-5452-6365
E-mail:tminami(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
URL:http://www.tminami.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)有機トランジスタ
 有機半導体分子を用いて作製されたトランジスタのこと。柔軟性、軽量性に優れ、大面積に低コストで作製可能であるため、センサプラットフォームとして有望な機能性電子デバイスである。

(注2)化学センサ
 イオンや分子の認識情報を光や電気信号に変換し、増幅することで検出を行う手法。一般的に溶液中のイオン・分子、空気中のガス分子などを、試料の前処理をせずに検出可能であることが望まれる。

(注3)水ゲート型有機トランジスタ
 電解質水溶液と半導体の界面に形成される電気二重層をキャパシタとして活用した有機トランジスタ。

(注4)ポリチオフェン
 π共役性高分子であり、多くの有機デバイスに用いられている有機半導体高分子。側鎖に修飾が容易に行えることから分子認識能など更なる機能を付与することが可能である。

(注5)分子ワイヤー効果
 π共役高分子センサは低分子材料を用いたセンサよりも高感度に検出できるとされる効果。

(注6)マイクロ流路デバイス
 微細加工技術を利用して作製された、マイクロサイズの微小流路や反応容器の総称。近年、生物工学や化学工学分野などへの応用が盛んに行われている。

○添付資料:

図1 作製した有機トランジスタ型センサの模式図、写真と検出機構のイメージ図


図2 作製した有機トランジスタにグリホサートを添加した際の伝達特性変化(左)銅イオン共存下と非共存下におけるグリホサート滴定曲線の比較(右)


図3 作製した有機トランジスタ型センサにおけるアニオン選択性調査

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