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【共同発表】光で窒化シリコン薄膜の熱伝導率を倍増~半導体デバイスの高性能化につながる新たな放熱機構~(発表主体:科学技術振興機構)

○ポイント:
◆高集積化の進んだ半導体デバイスでは、熱を運ぶフォノンが散乱されて放熱が困難になるため、高性能化に向けて新しい放熱機構や材料が求められている。
◆光とフォノンの混合状態である表面フォノンポラリトンを用い、窒化シリコン薄膜の熱伝導率を倍増することに成功した。
◆新しい放熱機構として、半導体デバイスの高性能化への貢献が期待される。

○発表概要:
 JST 戦略的創造研究推進事業において、東京大学 生産技術研究所のユンフイ・ウー 特任研究員と野村 政宏 准教授らは、光とフォノン(注1)の混合状態である表面フォノンポラリトン(注2)を用いて窒化シリコン(注3)薄膜の熱伝導率を倍増することに成功しました。
 固体中の熱伝導は、熱の運び手であるフォノンの移動で説明され、薄膜においては表面における散乱によって移動が妨げられるため熱伝導率が大きく低下し、温度が高くなるとますます低下していきます。高集積化と微細化が進んだ半導体デバイスでは、小さい領域に大きなエネルギーが注入されるため、局所的な発熱によってデバイス性能が制限されることが多く、放熱を促進するさまざまな工夫がなされています。
 本研究では、表面フォノンポラリトンに注目し、熱伝導率の低い薄膜構造において、伝搬速度が桁違いに速い光の力を借りることで熱伝導率を増強し、伝導、対流、放射に次ぐ第4の放熱機構としての可能性を探求しました(図1)。
 異なる膜厚を持つ窒化シリコンナノ薄膜における熱伝導率を室温から500度の間で測定した結果、厚さが100ナノメートル(nm)の薄膜では、温度が上がるにつれて熱伝導率が低下したのに対し、50nm以下の薄膜では、逆に上昇し続け倍増することが分かりました。これは、薄膜では表面フォノンポラリトンが熱伝導に大きく寄与し、固体熱伝導と同等以上の放熱機構になり得ることを示す成果です。放熱問題を抱える半導体デバイスやシリコンフォトニクス分野への波及効果が期待されます。
 本研究は、フランス国立科学研究センターのセバスチャン・ヴォルツ 教授と共同で行いました。
 本成果は、2020年9月30日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Science Advances」オンライン版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」
(研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授)
研究課題:「フォノンエンジニアリングに立脚した熱電給電センシングシステム」
研究代表者:野村 政宏(東京大学 生産技術研究所 准教授)
研究領域:「ナノスケール・サーマルマネージメント基盤技術の創出」
     (研究総括:丸山 茂夫 東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究課題:「二次元表面フォノンポラリトンの熱伝導制御」
研究代表者:セバスチャン・ヴォルツ(フランス国立科学研究センター 教授)

○発表内容:
<研究の背景と経緯>
 フォノンには、光学フォノンと音響フォノンの2種類があり、前者は伝搬速度が遅いため後者が主に熱伝導に寄与します。半導体デバイスの薄膜構造においては、フォノンが薄膜の表面に高頻度で衝突し、ランダムな方向に散乱を受けて移動が阻害され、熱伝導率が大幅に低下します。また、温度が高くなるとフォノン同士の衝突も多くなり、ますます熱伝導率が低下します(図2A)。高集積化、微細化された多くの薄膜構造を含む半導体デバイスでは、局所的に大きな電力が投入されるため、発熱が激しく熱伝導率も低下することから放熱が難しくなります。薄膜構造においては、伝搬速度の遅い光学フォノンが10万倍も速い光と結合して表面フォノンポラリトンを形成することで、優れたエネルギーキャリアになることで放熱に寄与する可能性があります(図2B)。

<研究の内容>
 本研究では、熱によって薄膜に生じる表面フォノンポラリトンが放熱に寄与し得るかを調べました。
 試料として厚さ30から200nmの窒化シリコンの薄膜に、熱伝導率測定用に直径5マイクロメートル(μm)、厚さ70nmのアルミ薄膜を蒸着した構造を作製し、光を使って非接触で熱伝導計測を系統的、高精度に行える高速測定システムを開発しました(図3)。
 集光した光パルスでアルミ薄膜を瞬間加熱し、アルミの温度によって反射率が変化することを利用し、別の温度変化観測用レーザー(プローブ)で窒化シリコン薄膜の熱散逸時間を測定できます。この実験データから、シミュレーションによって窒化シリコン薄膜の熱伝導率を得ることができます。
 次に、表面フォノンポラリトン熱伝導の確実な証拠を得るため、温度が高くなるにつれて熱伝導率が高くなること、および薄い膜ほど表面フォノンポラリトンによる熱伝導率の増強効果が大きくなることを観測しました。30、50、100、200nmの異なる厚さの4つの薄膜試料を用いて、室温から500度の間で温度を変えて熱伝導を測定しました(図4)。
 従来、熱伝導率は物質の温度が上昇すると熱伝導率が低下し、厚さ100nmと200nmの薄膜(緑と青点)では、その様子が観測されました。200nmの薄膜は、温度の2乗で減少しており、充分に厚い材料と同様に音響フォノンが主に熱伝導を担うことが分かりました。しかし、厚さ100nmの薄膜では、減少傾向が薄れ、厚さ30nmと50nmの薄膜(黒と赤点)では、逆に熱伝導率が増加する様子が観測されました。これは、表面フォノンポラリトンによる熱伝導が薄膜で重要な熱伝導の担い手となっている確実な証拠であるといえます。
 理論計算による裏付けを得るため、表面フォノンポラリトンの伝搬長と熱伝導を計算しました。理論計算でも、薄膜であるほど表面フォノンポラリトンの熱伝導率は大きくなり、高温になるほど増加することが分かります(図4Aの実線)。また、薄膜中のフォノンは、平均自由行程(注4)が100nm程度であることに対し、表面フォノンポラリトンは、薄膜の面内寸法(厚さ30nmは5mm、その他は1mm)で制限される1000倍程度以上の非常に長い平均自由行程を持っていることが分かりました。これは、フォノンが光と混合状態を形成し、桁違いに高速で低損失な伝搬を実現したためです。表面フォノンポラリトンによる熱伝導率の増強効果を分かりやすくするため、室温の値で規格化しました(図4B)。厚さ200nmの薄膜に比べ、厚さ100nmの薄膜では表面フォノンポラリトンの熱伝導の寄与が現れ始め、厚さ30nmと50nmの薄膜では、フォノン熱伝導と同等になり倍増することが明らかになりました。

<今後の展開>
 本研究成果は、熱伝導率が著しく低下する薄膜構造で表面フォノンポラリトンが熱伝導に大きく貢献し、主な放熱機構にもなり得ることを示しました。伝導、対流、放射に加えて、光の力を借りたフォノンによる第4の放熱機構の利用に道筋を示したといえます。高集積化と微細化が進んだ半導体デバイスにおける放熱問題の緩和が期待でき、半導体分野への応用が見込めます。局所発熱の激しい部分から伝導に加えて表面フォノンポラリトン熱伝導を利用して放熱することで、デバイスのさらなる高性能化に寄与すると期待されます。

<付記>
 本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 新学術領域研究「ハイブリッド量子科学」(代表者:平山 祥郎 東北大学 教授)、基盤研究(B)「ハイブリッド伝熱制御による高効率熱電変換デバイスの創製」(代表者:野村 政宏 東京大学 生産技術研究所 准教授)の支援を受けて行われました。

<参考図>

図1 表面フォノンポラリトンによる放熱の概念図
伝導、放射、対流に次ぐ第4の放熱機構として、放熱問題を抱える電子デバイス分野やシリコンフォトニクスへの応用が期待される。


図2 薄膜中のフォノン伝導と表面フォノンポラリトンの熱伝導
(A)薄膜中のフォノン伝導の様子。表面で高頻度に散乱され、熱伝導率が低下する。
(B)表面フォノンポラリトンの熱伝導の様子。フォノンが光と混合状態を形成し、長い距離を伝搬することで熱を運ぶ。


図3 研究に用いたナノ薄膜構造の熱伝導計測用光学システム概要と試料構造
(A)測定系概要。
(B、C)アルミニウム薄膜を蒸着した窒化シリコン薄膜と放熱の様子。
(D)窒化シリコン薄膜の表面の原子間力顕微鏡像。


図4 窒化シリコン薄膜の熱伝導率
(A)異なる厚さの窒化シリコン薄膜の熱伝導率(点)と理論計算によって得られた表面フォノンポラリトンのみによる熱伝導率(実線)の温度依存性。
(B)室温(295K)で規格化された熱伝導率の温度依存性。

従来、熱伝導率は物質の温度が上昇すると、フォノンどうしの散乱によって熱伝導率が低下する。厚さ100nmと200nmの薄膜(緑と青点)では、従来のように熱伝導率が減少していくが、厚さ30nmと50nmの薄膜(黒と赤点)では、逆に熱伝導率が増加しており、表面フォノンポラリトンによる熱伝導が薄膜で重要な熱伝導の担い手となっている確実な証拠が得られた。単位:Wm-1-1(ワット毎メートル毎ケルビン)。

<用語解説>
注1)フォノン
 振動を量子化した準粒子のこと。振動が伝わっていく様子を粒子が移動するように見なすことができ、固体中の熱伝導はさまざまなエネルギーを持ったフォノンの集団輸送である。

注2)表面フォノンポラリトン
 フォノンポラリトンは、光とフォノンの混合状態である。表面フォノンポラリトンは、固体表面や薄膜に局在し、電磁波と分極が相互作用し合うことで、光速よりも遅いが光学フォノンよりもはるかに高速で面内を伝搬する準粒子である。

注3)窒化シリコン
 高密度、高誘電率であることから、ゲート絶縁膜や保護膜としてシリコン集積回路技術に欠かせない重要な材料。

注4)平均自由行程
 粒子が散乱されることなく進むことのできる距離の平均値のこと。

<論文タイトル>
"Enhanced thermal conduction by surface phonon-polaritons"
(表面フォノンポラリトンによる熱伝導の増強)
DOI:10.1126/sciadv.abb4461

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
野村 政宏(ノムラ マサヒロ)
東京大学 先端科学技術研究センター 極小デバイス理工学分野/生産技術研究所 附属マイクロナノ学際研究センター 准教授
〒153-8505 東京都目黒区駒場4-6-1
Tel:03-5452-6303
E-mail:nomura(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

<JSTの事業に関すること>
嶋林 ゆう子(シマバヤシ ユウコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K's五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
E-mail:crest(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)

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