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【記者発表】小さな球の中で結晶はどのようにできるか?

○発表者:
田中  肇(研究当時:東京大学 生産技術研究所 教授/現:東京大学 名誉教授)
タン ペン(復旦大学 物理学科 准教授)

○発表のポイント:
◆粒子の大きさの10倍から数十倍程度の小さな液体の球に閉じ込められたコロイド分散系(注1)の結晶化過程を一粒子レベルで実時間観察することにより、どのような過程を経て最終的な結晶構造が形成されるかを明らかにした。
◆球の表面と内部における結晶化のタイミングに違いがあり、最終的な結晶構造は、表面の構造形成と内部の構造形成の間の競合によって決まるという機構を明らかにした点に新規性がある。
◆この成果は、ウイルスの蛋白殻の構造形成、ナノ結晶形成など、幾何学的拘束下での結晶化がどのように起こるのかを微視的レベルで実験的に明らかにした点に、最大のインパクトがある。さまざまな系におけるナノ結晶化の制御に大きく貢献すると期待される。

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授(研究当時、現:名誉教授/シニア協力員)、トン フア 特任研究員(研究当時、現:上海交通大学 准教授)、柳島 大樹 特任研究員(研究当時、現:オックスフォード大学 研究員)、復旦大学のタン ペン 准教授、チェン ヤンシャン 大学院生、ヤオ ゼンウェィ 大学院生、タン シーシャン 大学院生の共同研究グループは、球に閉じ込められたコロイド分散系において、球という幾何学的な拘束の下で最終的な結晶構造がどのようにして選択されるのかについて明らかにすべく研究を行った。例えば、ウイルスの球殻における蛋白質の規則的な配列構造の形成や、ナノ液滴から形成される微結晶は、このような幾何学的な拘束下で進行することが知られている。このような空間的な拘束下での構造形成は触媒分野などで重要であるが、結晶構造がどのような機構で形成されていくかについてはほとんど情報がなく、物理的な機構は未解明のままであった。
 今回、本研究グループは、エマルジョン(注2)の液滴に閉じ込められカプセル化された荷電コロイド系(注3)の結晶化の全過程を、共焦点レーザ顕微鏡を用いて、一粒子レベルで三次元観察することにより、実時間で追跡することに成功した。
 結晶化は、まず、幾何学的なフラストレーション(注4)のために欠陥(注5)を内包した正二十面体的粒子配置を持つスキン層が球表面付近に形成され、その後、内部の構造がゆっくりと形成されることを見出した。最終形態は、表面付近における系に依存しないスキン層の形成と、表面から遠い球の中心付近での系に依存した最も安定な結晶への構造形成という、相容れない2種類の構造形成の間の競合によって決まることが明らかとなった。
 本研究により、幾何学的制約の下での結晶化の過程が、熱力学だけでは決まらず、動的な因子が極めて重要な役割を演じていることが明らかとなった。ナノスケールでの結晶化は、触媒分野をはじめとする様々なナノテク分野において重要であり、本研究はそれに基礎的な指針を与えた点に、インパクトがある。
 本成果は2020年9月21日(英国夏時間)に「Nature Physics」のオンライン速報版で公開される。

○発表内容:
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、トン フア 特任研究員、柳島 大樹 特任研究員、復旦大学のタン ペン 准教授、チェン ヤンシャン 大学院生、ヤオ ゼンウェィ 大学院生、タン シーシャン 大学院生の共同研究グループは、球に閉じ込められたコロイド分散系において、球という幾何学的な拘束の下で最終的な構造秩序がどのようにして形成されるのかについて明らかにすべく研究を行った。
 例えば、ウイルスの表面での蛋白質の規則構造形成や、ナノ液滴から形成されるナノ結晶など、幾何学的な空間拘束下での結晶形成は、生物学をはじめ、高い表面/体積比が不可欠な触媒分野を中心としたナノテクノロジー分野で極めて重要な現象である。しかしながら、ナノスケールで起きる現象の動的な過程を追跡することは極めて困難であるため、1Å程度の原子の大きさを1万倍程度スケールアップしたμm程度の大きさのコロイド粒子の分散系を用いて、結晶化の動的な過程を、一粒子レベルの分解能で追跡することに成功した(注6)。
 具体的には、コロイド分散系をエマルジョンの液滴にカプセル化し閉じ込め、その後にイオンの拡散を利用して、液滴内のコロイド系の電荷を制御することで、機械的な刺激を与えることなく、液滴内で起きる結晶化の初期から最終構造の形成に至る全過程を、一粒子レベルの分解能で三次元観察することに成功した。
 構造秩序化は、まず、幾何学的なフラストレーションの影響下で、欠陥を内包した正二十面体の粒子配置を持つスキン層の球表面での形成から始まり、その後、内部の秩序化がゆっくりと進行することを見出した。球形の閉じ込めの下での秩序化は、初期の表面誘起秩序化とその後に起きる内部での構造秩序化の間の競合、およびそれら構造の対称性の相性の良さによって制御されることが明らかとなった。さらに、その様式は相互作用の性質にも依存することが示された。同じ幾何学的拘束のもとであっても、隣の粒子までしか相互作用が及ばない短距離相互作用のもとで秩序化が進行する場合には、正二十面体的な構造が形成されるが、より遠くの粒子まで相互作用が及ぶ長距離相互作用の下で秩序化が起きる場合には、単結晶的な構造が形成される(図1参照)。この発見は、相互作用制御による球体中での構造秩序制御という新しい可能性を示唆している。実際の応用において、帯電したコロイド系を秩序化させる場合には、溶媒の蒸発による高密度化によって引き起こされることが多く、この過程で、電荷の遮蔽が起こり、相互作用が短距離的になる。球体に閉じ込められたコロイド分散系を乾燥させたときに形成される構造形成機構を説明できる可能性がある。
 本研究により、幾何学的制約の下での構造秩序化における形態学的な選択において、熱力学因子に加え、表面・内部における構造秩序化のタイミングの違いが極めて重要な役割を演じていることが初めて明らかとなった。ナノスケールでの結晶化は、触媒分野をはじめとする様々なナノテク分野において重要であり、本研究はそれに基礎的な指針を与えた点に、最大のインパクトがある。
 本研究は、文部省科学研究費 基盤研究(A)(JP18H03675)、ならびに、特別推進研究(JP25000002, JP20H05619)の支援の下に行われた。

○発表雑誌:
雑誌名:「Nature Physics」(9月21日版)
論文タイトル: Morphology selection kinetics of crystallisation in a sphere
著者: Yanshuang Chen, Zhenwei Yao, Shixiang Tang, Hua Tong, Taiki Yanagishima, Hajime Tanaka, and Peng Tan
DOI番号: 10.1038/s41567-020-0991-9

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
名誉教授/シニア協力員 田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
E-mail:tanaka(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
URL:http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)コロイド分散系
ここでは、大きさ2μm程度の大きさの揃った球形の固体粒子が液体に分散したもの。

(注2)エマルジョン
水または油が、微細な液滴となって他相の中に分散した状態をいう。マヨネーズや牛乳が典型的な例である。今の場合は、水の中に油滴に閉じ込められたコロイド分散系が浮いている状態を指す。

(注3)荷電コロイド
電荷を帯びたコロイド

(注4)幾何学的フラストレーション
この場合、曲がった球面を周期的な結晶構造では覆い尽くせないという幾何学的な不整合のことを指す。

(注5)欠陥
結晶において空間的な繰り返しパターンに従わない要素のこと。

(注6)一般に、粒子のダイナミクスは、粒子サイズの3乗に比例して遅くなるので、一万倍の粒子サイズ差は1012倍遅いダイナミクスをもたらす。

○添付資料:

図1:球形の液滴で形成されたコロイドの秩序構造。上段:正二十面体的構造、下段:FCC(面心立方結晶)的構造。左から右へ、コア部分、シェル部分、表面部分の構造。

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