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【記者発表】痛くない、マイクロニードルパッチ型センサーを開発~いつでも、どこでも、だれでも体の状態をモニタリング~

○発表者:
金 範埈(東京大学 生産技術研究所/大学院工学系研究科 精密工学専攻 教授)
南 豪 (東京大学 生産技術研究所/大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 准教授)

○発表のポイント:
◆医療従事者でなくでも、痛みなく、容易に体の状態をモニタリングできるパッチ型センサーの開発に成功した。
◆パッチの片面に生体分解性のポリマーでできた多孔質の極小の針が大量に並び、肌に貼ると皮下から細胞間質液が採取され、裏側のセンサーへ届き、数分以内に色の変化で血糖値のレベルを定量的に判断できる。
◆今後は、コレステロールやホルモン、さまざまなバイオマーカーなどを低侵襲かつ継続的に自分で測定できる、在宅健康診断用の「生体分解性マイクロニードル医療パッチ」へと応用されることが期待される。

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所/大学院工学系研究科 精密工学専攻の金 範埈 教授、生産技術研究所/大学院工学系研究科 化学生命工学専攻の南 豪 准教授、李 學哉 博士課程大学院生らの研究グループは、従来の採血用のランセット(皮膚穿刺器具)や注射針のかわりに、皮膚に貼るだけで容易に血糖値(血液中のグルコースの濃度)を測れる「マイクロニードルパッチ型センサー」を開発した。医療従事者でなくても扱うことが可能で、痛みを感じることなく、数分以内に肉眼で血糖値の高低を判断できる。
 開発したパッチの基板には紙を用いた(図1)。片面には、極小の針(マイクロニードル)がたくさん並び、もう片面には血糖値のセンサーが配置されており、互いが繋がっている。マイクロニードルにはスポンジのようにたくさんの穴が空いており、外部からエネルギーを与えなくても毛細管力で微量の細胞間質液(以下「間質液」、注1)が皮下から採取され、パッチの上部にあるセンサーで血糖値が継続的に測定される。マイクロニードルは尖端の直径が50マイクロメートル以内、長さが0.8ミリメートルほどと十分に小さく、皮膚にパッチを貼っても痛みはない。さらに、生体内で溶けるポリマーでできており、体内に針が残留しても害がない。血糖値センサーには、グルコースオキシダーゼとグルコースペルオキシダーゼという2種類の酵素と染料色素(テトラメチルベンジジン)を組み合わせ、発色明度の変化を指標として、血糖値の高低を肉眼で容易に測定できる。
 今後は、センサーの開発を進めることで、グルコースだけでなく、コレステロールやホルモン、さまざまなバイオマーカーなどを、低侵襲かつ継続的に自分で測定できる、在宅健康診断用の「生体分解性マイクロニードル医療パッチ」へと応用されることが期待される。
 本成果は、国際学術誌「Medical Devices & Sensors」のオンライン版で公開された(最終版は英国夏時間2020年8月15日(土)に公開)。

○発表内容:
<研究背景>
 日本では、高齢化社会の到来とともに、医療費の増加だけでなく患者や医師の負担増大といった問題を抱えており、予防医療に注目が集まっている。特に、自宅で簡便・確実に行える診断システムが有用と注目されている。例えば、微量の血液から糖尿病や高血圧、がん、脳卒中、心臓病などの成人病と呼ばれている生活習慣病や、インフルエンザ、COVID-19などの感染症の診断ができるヘルスモニタリング用のマイクロチップを用いた診断などが期待されている。
 生活習慣病の代表格である糖尿病患者の数は、日本では1,000万人、予備軍を含めると2,000万人と推定されている。世界的にも大きな健康問題になっており、WHO(世界保健機関)は2000年には約1億7千万人だった患者の数が2030年には約3億7千万人になると予測している。糖尿病は、現在の医学技術では完治が不可能な病気であり、血糖値を管理し、合併症の発症を防ぐことが、患者のリスク管理の重要な戦略である。そのため、糖尿病前症または、糖尿病の患者にとって、日常生活での継続的な血糖値のモニタリングが欠かせない。
 しかし、現在商用化された自己血糖測定器(Self-monitoring of blood glucose、SMBG)キットは、指に針をさして出血させて血糖値を測定するため、苦痛をともなう。患者の負担を軽減するために、涙、尿、汗などの媒体から血糖を追跡する診断デバイスの研究も進められてきたが、着用が不便であったり、診断の場所や体のリズムに制限があったり、汚れが測定結果に影響を与えたりなど課題も多かった。また、マイクロニードルと呼ばれる、長さ1ミリメートル程度以下の針を用いた、低侵襲なバイオセンサーが注目され、微細な中空針やハイドロゲルでできたマイクロニードル、多孔質マイクロニードルなどが報告されている。しかし、それぞれ、加工のコスト、侵襲性、機械的な充分な強度(無痛の尖った先端のマイクロニードルの適切な寸法、形状、皮膚に穿刺やすい強度)、ニードル材料の体内安全性(折れて皮下に残留した場合のリスク)など、実用化に向けては、まださまざまな課題が残っていた。そのため、患者の負担がなく、自宅で簡便に、正確に血糖値を測定する新しい手法の開発が求められていた。
 一方、金教授の研究グループはこれまで、マイクロマシニング技術のバイオ工学への応用に取り組んできた。マイクロマシニング技術を活用し、薬剤を生体分解性のポリマーと混ぜて均一な極小の針の形に固め、基板上に並べたマイクロニードルパッチは、肌に貼ると針が角質層を通り抜けて皮下の水成分に溶け、薬が体内で効果を発揮する。痛みなく局所的に薬剤を効率よく届けるドラッグデリバリーシステムとして注目され、さまざまなワクチンや皮膚病の治療への応用が期待されている。
 そこで今回は、このマイクロニードルパッチ製作の技術をいかし、グルコースを含むさまざまな物質が細胞と血管を移動する際に通過する「間質液」に着目し、間質液のグルコース濃度を測定することで、血糖値を測定するウェアラブルセンサーデバイスの製作を検討した。

<研究内容>
 本研究では世界で初めて、生体分解性高分子を用いて多孔質のマイクロニードルを紙の基板上に製作し、低侵襲で皮下の体液を直接取り出して微小流路デバイスをとおしてセンサー部へ届け、精度高く長期間にわたり自分の血糖値を測定できるマイクロニードルパッチ型センサーの開発に成功した。糖尿病患者以外にもその予備軍と言われる成人が、日常生活において、自分で簡単に血糖値を確認し、病気の可能性を調べることができる。このパッチは安価で量産可能であり、使い捨ての使用を想定している。今まで困難とされていた、多孔質マイクロニードルの最適な形状と寸法を実現する製作方法を確立し、皮膚への穿刺可能な機械的強度(必要強度の6倍以上持つ)を示すことも確認できた。
 これまで、低侵襲の採血、血液の成分分離、センサーをひとつのパッチ上に集積することで検査を迅速化する研究がなされてきた。採血用マイクロニードルは血液検査の迅速化、 低侵襲化の双方に強く寄与すると期待でき、注射針のように、内部に液体を吸引することが可能である中空型が製作されてきた。しかし、ニードルの欠損と加工工程の複雑さに課題があった。採血用マイクロニードルはサイズと中空形状が原因でもろくなり、折れて皮下に残留する可能性がある。先行研究*では無毒かつ穿刺時の負荷に耐えられる強度のニードルを実現しているが、広く実用されるうえでは欠損のリスクはゼロではないと考えられ、また高頻度の使用においては残留部の蓄積によるリスクは無視すべきでないと考えられる。
 そこで今回は多孔質マイクロニードルを採用した。その材料として、欠損時のリスク解消を図るため、骨足場材料の分野で盛んに使用されている生体分解性のPLGA(ポリ乳酸-グリコール酸共重合体)を使用した。孔径は血球の塞栓とニードル形状への悪影響を防ぐため5~10マイクロメートルとした。多孔質マイクロニードルは、 毛細管力によって間質液を吸収することができる。毛細管力はマイクロニードル中の空孔の大きさや空隙率、 親水性などに依存する。体液採取には、空孔同士が十分に繋がっていて液体透過が可能な構造になっている必要がある。しかし、多数の空孔を持つ(空隙率が高い)構造は同時に構造強度の低下をもたらすため、皮下穿刺に耐えうる強度を持つ多孔質マイクロニードルの製作は容易ではない。本研究では、多孔化手法として、構造(孔径および空隙率)を容易に制御できる「ソルトリーチング法」(混合したNaCl粒子を溶出することで空孔を得る手法)を用いた。空隙率と体液吸収率の最適化およびニードルの形状の最適化、紙シートのセンサー層との一体化を実現できた。

<今後の展開>
 今後は、低侵襲で血液や間質液を持続的に取得することができ、さまざまな特定生体分子のモニタリングを可能にし、使いやすい自己診断デバイスの普及への応用展開が期待される。

○発表雑誌:
雑誌名:「Medical Devices & Sensors」(オンライン版:2020年8月15日(土)公開。)
論文タイトル:Porous microneedles on a paper for screening test of prediabetes
著者: Hakjae Lee, Gwenaël Bonfante, Yui Sasaki, Nobuyuki Takama, Tsuyoshi Minami, Beomjoon Kim
DOI:10.1002/mds3.10109

*先行研究:Kai Takeuchi, Nobuyuki Takama, Beomjoon Kim, Kirti Sharma, Oliver Paul, Patrick Ruther: Microfluidic Chip to Interface Porous Microneedles for ISF Collection, Biomedical Microdevices, 21:28, Vol. 28, Springer Open, 2019  (https://doi.org/10.1007/s10544-019-0370-4)

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 金 範埈(キム ボムジュン)
E-mail:bjoonkim(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
URL:http://www.kimlab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
注1)細胞間質液(間質液)
間質液(かんしつえき)とは、多細胞生物の組織において細胞を浸す液体であり、細胞外液のうち血液とリンパ管の中を流れるリンパ液を除く「体液」である。「組織液・細胞間液・細胞間リンパ液」とも呼ばれる。血液により運ばれた酸素やタンパク質などの物質は毛細血管壁を介して間質液へと拡散した後、間質液から組織の細胞へと拡散する。血液の全ての成分が組織側へ染み出すわけではないため、血液と間質液の成分は異なる。赤血球・血小板・血漿タンパク質は毛細血管の壁をあまり通過できないため、血漿が間質液の主成分となり、タンパク質・アミノ酸・糖類・脂肪酸・コエンザイム・ホルモン・神経伝達物質・電解質および細胞からの老廃物を含んだ水溶液である。グルコースを含み、さまざまな物質が間質液を介して細胞と血管を移動するため、血糖値を反映する生体媒体の1つである。

○添付資料:


図1 多孔質マイクロニードルアレーと紙基板のパッチセンサーの概念図とその使い方

 デバイスの概念図に、(a)には肌に貼り付けたマイクロニードルのセンサー紙シートパッチの模式図を、(b)にはマイクロニードルアレー層と酵素による比色分析法を用いる紙シート上のセンサ−層などを示す。(c)には、多孔質のマイクロニードルの概念を示す。皮下間質液を吸収し、その中のグルコース濃度の差によって、センサー層での発色明度を変化させ、肉眼でもグルコースの濃度を判断できる。携帯カメラ−や既存の画像処理技術を融合し、輝度値を定量化することも可能である。(図2の下に、グルコース濃度による発色明度の測定結果を示す。)


図2 センシング原理とその結果
 (a)に、センシング原理を示すためのマイクロニードルと紙シートの断面構成図を示す。多孔質ポリマーのマイクロニードルアレーより吸収された間質液が紙シートのセンサー層まで繋がって、その間質液中のグルコースと酵素の反応で色素の発色が起こる。多孔質マイクロニードルと紙から発生する毛細管力を動力として利用し、生体媒体(間質液)を採取、紙シートのセンサー層に染みる。人工皮膚モデルとして1%アガロースゲルの中に、グルコース濃度がそれぞれ1から、 3、 5、15、 30 mM(ミリモル濃度)になるように、リン酸緩衝生理食塩水(Phosphate-buffered saline、 PBSバッファー)を用いて調整し、マイクロニードルを介して紙センサーシートまで吸収できるかをアガロースゲルの表面上、アルミニウムホイルを被せ、ニードルシートパッチを貼り付けて確認した。(b)に、ろ紙の上、センサー層のグルコースアッセイ領域に形成された2つの酵素(グルコースオキシダーゼとペロキシダーゼ)の酸化反応、非水溶性のアッセイ分子での染料色素(テトラメチルベンジジン、 TMB)の化学構造式を示してある。
 各グルコース濃度による、マイクロニードル・紙シートセンサーの比色反応の計測結果を下に示した。各反応は、すべてニードルパッチを貼り付けて2分内でできている。間質液内グルコース濃度が6.9 mM(ミリモル濃度)/l(リットル)以下であると糖尿病予備軍に当たらない正常値であると判断されるので、この計測結果で、充分に、日常生活におけるスクリーニング検査として、血糖値のモニタリングが可能であることが分かる。
上記と同様の実験は、ラットを用いた小動物実験(前臨床実験)において、先行研究(*)のPDMS(ジメチルポリシロキサン)マイクロニードルで確認してあった。特に、先行研究では、持続的吸収のために、シリコン加工方法を用いるマイクロ流路チップとキャピラリーポンプ(capillary pump)構造を持つデバイスチップにPDMSの多孔質マイクロニードルアレーを製作し、より長い時間(6時間以上)での計測を試してあった。


図3 多孔質・生体分解性のマイクロニードル
 (a)PLGA(生体分解性ポリマー)の多孔質マイクロニードルアレー。(b)グルコース濃度により色の変化で肉眼でも計測可能なセンサーを形成した紙のシートに繋がっているマイクロニードルパッチ。(c)(先行研究(*)で製作した)生体適合性の材料であるPDMSの多孔質マイクロニードルアレー。スポンジのような多孔質のPDMSマイクロニードルに、HA (ヒアルロン酸)をコーティングして、マイクロニードルの先端径をより尖らせた。

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